名も無き日々 3
週に一度、彼女は出来上がった服を仕立て屋に納め、引き換えに給料と材料を受け取っていた。最初の月は八万もいかなかった。なんとか節約して赤字にならないようにしていたが、生活にゆとりはなかった。口を糊するような事情をアルバは知らなかったが、肌では感じていたのだろう。アルバは食器洗いの他にオムツの取り替え方やミルクの作り方を教わり、母親に代わってオメガの世話をすることを自分の仕事に加えた。そうしてオメガが眠って手が空いた時、アルバは母親に買ってもらった鉛筆と消しゴムを使って、スケッチブックにお絵かきをしていた。母親が摘んできた、小さな花瓶に入ったかすみ草をよく好んで描いていた。
アルバがよく働いてくれるので、彼女の仕事はおおいに捗った。コツを掴んだのもあってか、日に三着から四着作れるようになっていった。いつものように、彼女が出来上がった服を抱えて店に入っていく。職人気質の店主のロイドが見ると、いつもより量が多い。そうして細部まで確認するが、どの服も糸のほつれは無く、見事な出来映えである。それに満足したロイドは一着につき二千五百円と給料を上げた。そのことに彼女は多いに感謝し、少しだけ奮発してその日の夕食を豪華にした。なのでアルバは喜び、それを見てオメガはきゃっきゃと飛び跳ねていた。
母親の作る料理の中で、特に玉子焼きがアルバの大好物であった。
――あの白い殻に包まれた卵が、どうしてこんなにもふんわりとして甘いのだろう?
そんな風に思いつつアルバが母親の施す"魔法"を食い入るように見つめている。そうしているうちに少しずつ手伝うようになって、いつしかアルバ一人で料理が出来るようになっていった。さらにアルバは家事全般ができるようになった。玄関の掃除から始まって、ゴミ捨てから食器洗い、洗濯にトイレ掃除などをして、その合間にオメガの面倒を見る。昼食後、オメガと母親は三十分ほど昼寝をする。その間にアルバは卓袱台に置いたかすみ草やオメガと母親の寝顔を描き、唯一の"遊び"としていた。
夕方前になると、母親がアルバにメモを渡した。それにはその日の夕飯に使う材料が書いてある。メモを見ながらアルバはお使いをして、時には銀行に行って用事を済ませたりしていた。夕焼けに染まる帰り道、アルバには小さな楽しみがあった。おやつとしてコロッケを買っていいことになっているのだ。黄金色に光り輝く噴水を眺めながらコロッケを食べ、傍の花壇に咲いているかすみ草を摘んでから家路に着く。それから母親と一緒に夕飯を作り、家族三人で入浴をして、オメガを挟んで川の字になって寝るのである。
ある日の夜、なかなか寝付けないアルバがふと見ると、机上ライトの灯りを頼りに母親がミシンを使って仕事をしている。その様子を飽きることなく、眠くなるまで母親の横顔を見つめていた。そんなある時、母親が涙を流していることがあった。
――なぜ泣いているのだろう。きっと寂しいのかも知れない。
子供ながらに涙の理由を察したのか、そっとティッシュを差し出す。母親がそれを受け取ると、
「ありがとう」
そう言って愛児の耳を優しく撫でた。




