幾許の想い 1
光陰矢のごとしとはよく言ったもので、軍事工場からシェイン族が集まるこの街に来て早幾年かの歳月が経った。
アルバはもう数えで十五になっていた。少しでも母を助けるためにと、新聞配達を始めた。働いて得た給料の四分の三を母親に渡し、残りで自分の趣味に使う画材や本を買い、絵を描いていた。配達を終えて家に帰ると、母親が朝食の支度をしていて、オメガは布団を干したり部屋の掃除をしている。アルバが成長するようにオメガも成長していて、数えで七歳になった。顔のつくりはアルバ同様母親に似たが、髪と耳の毛色は父のアルフレッドと同じ栗色である。甘えん坊で、アルバのことをニーニと呼び、母親のことをマーマと呼んでいた。
朝食を終えると学校に行く兄弟が玄関先に立って、
「いってきます」
と言い、
「いってらっしゃい」
と母親がキスをして愛児達を見送る。そうしていつものように机の前に座り、仕事を始めるのである。
平穏ながらも純愛に満ちていたある日。いつものように愛児達を見送った母親が仕事をしていると、ふと喉の奥に違和感を覚えた。なんだろうと思いつつ、最初は気にとめなかったが、それは次第にこみ上げてきて、だんだんと気分が悪くなってくる。吐けば気分が楽になるだろう。そう思い、キッチンの流しに吐き出す。それは少量ではあったが、鮮やかな赤に黒を混ぜた色をした血だった。母親は衝撃を受け、愕然としてしばらくそれを見つめていた。
ようやく精神が落ち着いてきたのだろう、病院に行って診てもらおうと思いつき、そうして電話をして診察の予約をすると、支度をして玄関を出た。それからしばらく経って、母親は検査の結果を聞きに病院に来ていた。看護士に呼ばれ、母親が診察室に入ると、そこには男性の医師が居て、険しい表情でレントゲン写真を見つめている。蒼白とした顔をして、恐る恐る母親が尋ねた。
「あの……、検査の結果は?」
「進行性のもので、他にも転移してます。残念ですが……、手の施しようがありません」
「そんな……!」
それだけ言って母親がうつむいてしまった。けれども勇気にも似た感情を振り絞って、また尋ねた。
「あと、どのくらいもちますか?」
「早くて半年、もって一年でしょう」
聞いた途端、母親の心に冷たいものが触れ、それは奥底に沈んでいった。
病院から帰宅すると、母親はどうしたらいいかを考える為にその日は仕事を休んだ。と言うよりは仕事に手がつけられなかった。死の宣告は母親の心肝を寒からしめたのである。やがて愛児達が帰ってくる頃を部屋の時計が知らせた。その音を聴いて、母親は気持ちを切り替え、病気のことを知られないようにと、普段通りに振る舞おうと決めた。次の日になって愛児達を学校に行かせると、母親はソファに座り、じっとしてしばらく考えていた。部屋は闃寂としていて、時を刻む音だけしかない。その音がする度に母親は自身の命が目に見えて減っていくのを感じていた。
ようやくにして母親の考えはまとまった。まずタンスの一番下の引き出しを全部出した。その空間の底には赤い封筒が数冊と、傍らにレウレトからもらった"友情の証"があり、さらに生命保険に関する用紙と自分とアルバの預金通帳がある。母親は"証"を手に取り、しばし眺めたあと元の場所に置き、自分とアルバの通帳を取り出してタンスを元に戻した。そのあと美容院に電話をして、それから家を出た。




