惹かれあう二人 6
それからドンカスターは懐から麻袋と、一通の手紙を取り出した。
「これをイェオーシュアに渡しておくれ。中身は金貨が入っておる。これには弁当代も含まれておるでな。くれぐれも落とさんようにの」
「わかった。おじいちゃん、ありがとう」
「ほっほ、喜んでもらえてなによりじゃ。先生に失礼のないようにな」
「うん、じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい。イェオーシュアに襲われんよう気をつけるんじゃぞ」
そうドンカスターが嬉しそうに顎ひげを持ちながら笑っていた。
アルフレッドが広場に着くと、銀髪を三つ編みにして黄色いリボンでまとめ、フリルのついた白のブラウスに深紅のスカートを履いたイェオーシュアが切り株に座っていた。
「おはよう、イェオーシュア先生」
「お、おはよう、アルフレッド」
そう返彼女が返事をすると、ほのかに薔薇の香りが漂い、彼の鼻をくすぐった。アルフレッドがイェオーシュアの横に座って、麻袋と手紙を手渡す。
「これは……?」
「ドンカスター老から渡すようにって。金貨は授業料とお弁当代だって言ってた」
麻袋を覗いてみると、中には金貨が十枚ほど入っていた。
「こんなに!」
「みたいだね」
「じゃあ頑張って教えないとね」
「うん、ぼくも頑張るよ」
「こっちは手紙ね、読むからちょっと待ってて」
手紙の表面には毛筆で"アージェンティーク殿"と書かれており、裏を見ると緑色のロウで封がしてある。彼女は封筒を開け、手紙を読んだ。
~~
親愛なるイェオーシュアへ。
本来なら直接会い、きちんと礼をするべきなのじゃが、多忙の為このような形になるのを許して欲しい。この度はアルフレッドの弓の専任教師になってくれたことを感謝する。多々迷惑をかけるじゃろうが厳しく教えていただきたい。アルフレッドをよろしく頼む。
ドンカスター=フォーレス
追伸
弁当の中身は煮物を入れるといいぞい。おふくろの味は男のハートを射抜き、魅了するからの。
~~
――あのひげじじい……。
彼女の脳中でドンカスターがほくそ笑んでいた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない。じゃあ練習やろっか」
「よろしくお願いします」
二人はこの日からほぼ毎日、朝の十時から夕方の三時まで弓の練習をしていた。彼女の教え方も良かったが、彼の弓のセンスには光るものがあった。そのため日を重ねるにつれて、少しずつではあるが上達していった。そして彼女が持ってきたお弁当の中身も徐々に豪華になっていき、料理の腕前も上達した。
風の強い日や雨の日、雪の降る日は練習を休んだ。そうした休日に彼は彼女の家に昼食をごちそうになっていた。そんなある日、年上の女性特有の母性を用いて彼女が夕食を誘った。しかし彼は彼女の目の眩むかのような才華に惑わされないよう注意深くしていた。最初のうちは何かと理由をつけては断っていたが、そのうち次第に理由が無くなっていった。それで仕方なく彼は気まずいながらも、さっさとドンカスターの家に戻っていった。
本当は彼女ともっと長く一緒の時間を過ごしたいと思っていたが、そうすると理性が保てなくなるとも思い、我慢していたのだ。それと同様に彼女もしっぽをムズムズさせていた。そうして彼に断られると、いつも淋しそうな顔をしていた。彼女が淋しそうな顔をする度に、彼はガラスで出来たような、儚くも美しい彼女の手をうやうやしく取って、"また明日会える"となだめていた。しかしもう一人のアルフレッド、つまりハートのアルフレッドは、その白く透き通った滑らかな手にキスをしたいとも思っていた。彼女はというと、"また明日会える"と言われる度に機嫌をなおした。そうして手を掴まれてる間、手だけではなく、耳も触って欲しいと思っていた。
彼が帰ると彼女はクリスタル細工の仕事をしていた。彼の髪の色や質感、褐色の瞳、端整な鼻、笑うと見える可愛らしいやえ歯、日だまりをいっぱいに浴びたような、あたたかそうな栗色の耳、まだ狩りを知らない手、そして耳朶にこだまする彼の優しい声・・・。そういった彼の全てを想いながら磨かれたクリスタルのわんわんおは素晴らしく輝いていた! それと同様に、彼もまた彼女の全てを想いつつ弓の手入れをしていた。
日を重ねるにつれて弓の腕前が上達して、矢と的の距離は少しずつ離れていった。それと比例して二人の距離は少しずつ近づいていった。上達したおかげで練習時間は減っていき、代わりにお喋りする時間が増えていった。互いが互いのことを深く知っていくと、喋る時間は減って、代わりに見つめあう時間が増えていった。声の代わりに二人は目で会話をしていた。眠る前は明日も会えますようにと互いに祈っていた。寝ている時は互いに夢で会っていた。二人は夢のような時を過ごしていた。そうして二人は引力を持ち合い、互いに魅きあっていた。
つまり、イェオーシュアはアルフレッドに、アルフレッドはイェオーシュアに、恋をしていたのである。




