第19話 念願の婚約破棄!
お父様の仕事の速さにお茶会の思い出が吹き飛んだ翌日、私はお父様と一緒にビルエッド伯爵邸を訪れていた。
通された応接室はお世辞にも綺麗とは言えず、うっすらホコリっぽささえ感じる。
何度か来ているけど、なんか年季が入ってるとゆーか、手入れされていないとゆーか……。
そー考えると、ウチのみんなは綺麗に手入れしてくれてるんだなぁ
ありがとう、みんな
そんなことを思っていると私とお父様の向かい側のソファーに腰を掛けていたビルエッド伯爵は、焦った様子で声をかけてきた。
「スチュワート子爵、昨日書状が届きましたが本気ですか?婚約解消など……」
しかしお父様は
「ビルエッド伯爵、『解消』ではなく『破棄』です。それも貴方がたの過失で」
ビルエッド伯爵の言葉をピシャリと否定し、書類をテーブルのうえに出しつつ話を先へと進める。
「こちらに慰謝料など破棄に伴う賠償が記載してあります。お読みいただいたうえで印を押してください」
ビルエッド伯爵は書類を手にとるが、内容を見るや否や、声を荒らげた。
「なっ!なんですかこれは!今までの支援金の返還はまだ百歩譲るにしても、慰謝料の金額も相場より高すぎる!それにこの『エルリック商会との取引を禁ずる』とはなんですか!?あなただってエルリック商会との取引ができない貴族の扱いをご存知ですよね!?いくらなんでもこんな条件呑めませんよ、スチュワート子爵!」
そんな条件まで出してるとは知らなかった…。
たしかに朝食食べてる時にエルリック商会でレナードと会ったら嫌だなぁとは言ったけど!!
パパン、まじか…。
お父様の仕事の速さに驚きを通り越して若干引いていると、いきなりドアが開いた。
「父上、なんですか?出かける準備してたのに呼び出すなんて。今日は予定があるって前から言ってたじゃ……ってスチュワート子爵!?なぜこちらに?!」
ふてくされながら入ってきたと思いきや、お父様を見ると態度が一変した。
昔からお父様が苦手で、セシリアと出会ってからはずーっと避けてたしね。
「お忙しい所悪いね、レナード君。実は君とジュリエットの婚約関係を『解消』しようと思ってねぇ、書類を一式揃えてきたんだよ。今内容をすり合わせしていたんだ」
お父様は笑顔で端的に言った。
その言葉にレナードはパァッと笑みを浮かべた。
「本当ですか、スチュワート子爵!」
あのー……私もいますよー??
嬉しいのはお前だけじゃねぇからなー??
「もちろん。しかし君のお父上がなかなか『うん』と言ってくれなくてねぇ。君からも説得してくれないかい?」
笑みを浮かべたまま、割とやりたい放題の賠償内容で婚約破棄を進めようとするお父様。
その笑顔はちゃんと黒さを感じる…。
絶対わざと『婚約を解消』って言ってるし……。
レナードのアホは私と早く婚約関係を解消したいからか、ビルエッド伯爵を急かしはじめる。
「父上!なぜ早く印を押さないのですか!『たかが子爵』との婚約にこだわる必要はないではないですか!」
フツーに相手がいる前で『たかが子爵』とか言えちゃう神経、尊敬しまぁ~す(笑)
アホすぎるレナードに呆れた笑いしか出なくなった私と黒い笑顔を浮かべ続けるお父様は、のんびりと出された少し品質の良くない紅茶を飲んでいると
ドンッ!
「このバカ息子が!スチュワート子爵に失礼なことを言うなと何度言えばわかる!消されたいのか、お前は!!それにこの内容を見ても婚約関係を解消したいなど言えるのか!」
ビルエッド伯爵が書類を机に叩きつけながら激怒した。
「そ、そんなに怒らなくても……」
基本的には両親から怒られずに育ったレナードは、初めて激怒する父親をみてタジタジになりながら、机の書類に目を向ける。
すると
「な、なんですか、これは!!!これじゃあ『婚約解消』じゃなくて『婚約破棄』じゃないですか!!」
レナードはお父様を非難するように声を上げた。
しかしお父様は意にも介さず言い放つ。
「調べはついているんだよ、レナード君……いくら身分が高いからといって私の大切な娘を雑に扱っていい理由にはならないんだ」
お父様の言葉はまるで魔法のようにその部屋の空気を何度も冷えたように感じた。
え?この部屋、冷房とか入ってないですよね?
レナードやビルエッド伯爵は顔を青くして下を向き、身体まで震えていたが、お父様は言葉を続ける。
「それにねレナード君、私はね、君の恋を応援してるんだ。カーソン男爵令嬢と一緒になりたくはないかね?」
レナードはその言葉に顔を上げ、期待に満ちた視線を向ける。
「私の娘との婚約破棄のあとすぐに君とカーソン男爵令嬢が婚約できるように皇帝に頼むことだってできるんだ。君がこの条件をのんでくれさえすればね」
ニコッと笑顔を向けレナードを煽るお父様。
「スチュワート子爵!そ、そんなこと、気の迷いに決まっている!男爵令嬢なんかと……何かの間違いなんです!」
お父様の言葉に頷こうとするレナードを遮るようにビルエッド伯爵が声を上げた。
しかし、お父様の攻撃は止まらない。
「ビルエッド伯爵、そんなに信じられないのでしたらカーソン男爵令嬢ご本人をお呼びしましょうか?カーソン男爵家には事前にお話してありますから」
「あ、あ……」
何も言えなくなったビルエッド伯爵は、肩を落とし、一瞬だけ席を外しほかの部屋から印を持ってきた。
そして観念したかのように書類に印を押す。
「ありがとうございます、ビルエッド伯爵。支払い等々については改めて書類が届くと思いますので、ご確認ください」
お父様は言葉をかけつつ印が押された書類を大事そうに、胸元へとしまった。
そして
「ジュリエット、帰るよ」
と私を促し帰ろうと席を立つ。
レナードはようやく私がいたことに気づいたようで、気まずそうに視線をそらした。
今さら気づいたの?
ってか、あんだけやりたい放題やってたのにその顔も意味わからんのだが。
そんなことを思っていると、お父様は笑顔でレナードに声をかけた。
「レナード君、君の望み通りカーソン男爵令嬢との婚約の件、進めておくよ」
「本当ですか!?」
お父様の言葉に喜びながら顔をあげたレナードだったが、
「スチュワート子爵!もう貴殿がわがビルエッド家に関わる必要はないでしょう!?ほうっておいていただきたい!」
激昂したビルエッド伯爵に阻まれた。
お父様は
「そうですか……レナード君、残念だが当主直々に言われてしまってはどうしようもできないからねぇ。自分でがんばってくれ。ジュリエット、いこうか。では失礼します」
と言い残し、呆然とするビルエッド親子を横目に私とともに部屋を出るのだった。
帰りの馬車のなか、お父様と向かい合って座っていた。
そして気になっていたことを聞いてみることにした。
「…あの、お父様。ビルエッド伯爵家にだした条件って?」
お父様はいつもの無表情のまま答えた。
「大したことはないさ。つぶれない程度で請求している」
何事もないかのように話すお父様に、有能さと恐ろしさが垣間見えた私は、笑うしかなかった…。
「ア、ハ、ハハ……」
お父様を怒らせるのはやめよう……。




