第17話 お父様まで変なこと言わないでください
コンコンッ
「お父様、ジュリエットです。お呼びでしょうか?」
こげ茶色の扉をノックし声をかけると、すぐに返答が聞こえてきた。
「入りなさい」
ガチャ
扉を開けると、壁一面に本棚が置かれていた。
部屋の中は古本屋の少し古びた紙とインクの匂いがしている。
「失礼します」と声をかけつつ部屋の中へと進むと、机に向かい書類を見ていたお父様がこちらを向いた。
「そこに座りなさい」
その言葉に従い、私はお父様の執務机の前に置いてあるソファに座るとお父様も書類を机に置いたあと、私の向かい側に座り直した。
「疲れているところ悪いな」
「いえ…」
青みがかった紺色の髪は緩やかなウェーブを描いて、センターで分けられた前髪の間からジュリエットと同じ青色の瞳がみえる。
鼻筋が通った整った顔立ちだけど、疲れを滲ませているように感じる。
いやいや…家に帰ってきてまで仕事をしてるお父様のほうが疲れてるよね…?
ってか、普段だって週1でしか会えないくらい忙しいし…
え…?お父様も社畜なの…?!
せっかくのイケオジなのに可哀想!!!
そう思ったけど、さすがに言えるわけもなく、黙っているとお父様が口を開いた。
「王宮で妙な噂を聞いた。……お前の婚約者のあの小ぞ…ビルエッド伯爵家の息子とお前が揉めたとか…」
「揉めた…と言いますか…」
どう言ったらいいのか、婚約破棄したいと言うにはどういう順序がいいのか考えていると、お父様が話を続ける。
「……あいつはあまり良くない噂も聞く。…だがお前が良ければそれでもいいのだが…その…」
お父様の話している感じから「いけるのでは?」と思った私は、ハッキリと言うことにした。
「お父様。お父様が問題ないのでしたらビルエッド伯爵家との婚約を破棄したいのです。もちろんあちらの過失で」
最後に笑顔を添えて言った私の言葉にお父様はすごくびっくりした様子だった。
普段はあんまり表情が変わらないけど、やっぱりこーなるとビックリするもんなんだなぁ~
なんて呑気に考えていると意外な言葉がとんできた。
「その気持ちは本当なのか?!お前は、あの小僧のことが好きなのだろう!?」
「……は?」
私は思わずフリーズしてしまう。
はぁぁぁぁぁ?!
意味がわからなすぎて混乱してきた。
なんか皇太子もおんなじようなこと言ってきてたし、みんな何言ってんの?!
あんなクズ、誰が好きになるか!
「だってお前、婚約の話が来たとき喜んでいただろう?!」
お父様の言葉でハッとして自分の世界から戻ってきた私は間違いを正すことにした。
「たしかに喜んではいました。それはレナード様と婚約できるからではなく、私がスチュワート家の役に立てると思ったからです!いつも大変なお父様の気苦労を少しでも減らせればと思ったのです!」
当時は本当のジュリエットだったから、私の気持ちではないけど、このままにしていたらジュリエットがかわいそうなのでちゃんと訂正しておきましたよ。
「そんなことっ!お前には母親がいない分さみしい思いをさせていたからな。願いはなんでも叶えてやりたいと思ってたんだが、まさか…」
頭を抱えるお父様は、深いため息をついたあと、切り替えたように話を進めた。
「お前の要望はわかった。相手の過失で婚約破棄ってことだが…過失とは噂になっている男爵令嬢との件で間違いないな?」
お父様の問いに私は頷きながら答える。
「はい。今日の夜会でも色々ありましたから、証人はいっぱいいますし皇太子殿下とか皇女殿下たちも証言してくださるはずです」
「……皇太子殿下たち?」
私の言葉に引っかかったようでお父様は怪訝な顔をしていた。
一介の子爵令嬢の婚約破棄に証言なんてしないだろうと思っているのだろう。
「実は今日の夜会でちょっとした騒ぎになってしまい、皇太子殿下から説明しろって別室に案内されたんです。そしたらその別室に皇女殿下とか公爵家の方がいらっしゃって……説明のために色々話してたら『婚約破棄したほうがいい』とか『ちゃんと相手から取れるだけ取ったほうがいい』とか言われたので、たぶん証言してくださるかなぁ~って」
「……なるほどな」
お父様はなぜか額に手を当てて、また深いため息をついている。
少しの沈黙の後、切り替えたようにこちらを向いた。
「…わかった。物証も破棄の手続きも私の方で手配しておく。まだ少し婚約が続くからお前に我慢をさせてしまうが、できるだけ早く済ませる。だからお前は何も気にせずに過ごせばいい」
お父様は少しだけ笑みを浮かべていた。
こんな優しい父親だったこと、ジュリエットは知っていたのだろうか。
きっとお互いがお互いを大事にしてたけど、コミュニケーションが足りてなかったんだろうなぁ。
「遅い時間に呼び出してすまなかったな。もう休みなさい」
そう言いながらお父様はソファから立ち上がり、机に向かって歩き出した。
これからまだ仕事をするようだ。
「…はい、お父様。ありがとうございます」
忙しいなかでも娘のことも自らやろうとしてくれることに、なんか愛を感じた。
ソファから立ち、ドアの前まで行ったあと、私はお父様へ声をかけた。
「…まだお仕事なさるんですよね?あまりご無理なさらないでくださいね。おやすみなさい、お父様」
パタンッ




