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森での出来事4

 クラトはすぐに腕を下ろした。

 何もなかったような顔をしているけれど、瞳には警戒が滲んでいる。


 私は踏み出しかけた足を止めた。背後で、ラズリが小さく身じろぎしたからだ。慌てて駆け寄って冷えた手を取ると、細い指先がかすかに震えていた。


「ラズリ、大丈夫? 私の声が聞こえる?」


 息はある。鼓動もある。それでも怖かった。この後ラズリが医務室で目を覚まして心配するディアに笑いかけることも、翌日の舞踏会には元気に参加することも知っているのに。

 当たり前だ。ラズリは私の推しヒロインで、友達なんだから。


「人を呼んでくる」


 後ろに立つクラトが言った。


「戻るまで、あなたはカエルラのそばにいてください」

「待ちなさい、話はまだ」

「――彼女を危険にさらすつもりか」


 苛立ちを隠さない声に、反発するより先に腑に落ちた。ラズリが呪いに襲われたのも、それをクラトが退けたのもこれが初めてのはず。クラトにとって、ラズリの容体がわからない不安は私以上なのだろうと。


「……ラズリの呼吸は落ち着いています。もちろん、予断は許しませんが」


 だから、無責任に聞こえるかもしれないと知りながら、言葉を続けた。


「少なくとも、最悪の事態には至っていないように見えます」

「…………」


 クラトは何も言わず私に背を向けた。

 黒いローブをまとった長身が、木々の影の中へ溶けていく。

 

 横たわるラズリに付き添いながら、私は自分が目にした出来事に思いを馳せた。どうしてイベントと無関係のはずのクラトが現れたのだろうと。どこかで選択肢を間違えたんだろうか。


「…………あ、」


 そのとき、ぽたりと水滴が落ちるようにひとつの答えが胸に落ちた。


 偶然通りがかった男子生徒Bが、教師を呼ぶ。ゲームではそういう流れだった。名前も立ち絵もない。もちろん、声なんてついていない。ただ「男子生徒」とだけ表示されて、次の場面ではラズリが医務室で目を覚ましていた。


 あれは、クラトだったんだ。


 画面越しではわからなかった。誰が、どうやってラズリを助けたのか。どんな顔をしていたのか。たった数行のテキストに隠されていた事実を、初めて知った。


『人を呼んでくる』

『カエルラのそばにいてください』


 抑揚のない声を思い出しながら、私はラズリの柔らかい手を握った。ぬくもりが戻ってきていることに安堵しながら、本来なら名前も与えられずに去っていく背中のことを考えた。


 先生が駆けつけるまでの間、そうしていた。

 

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