表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/24

森での出来事3

(なんで、クラトが……?)


 予想外の事態に言葉を失う。

 このイベントにクラトは出てこない。ラズリを見つけるのは、偶然通りがかった男子生徒B。立ち絵も名前もない、ただのモブだったはず。


 なのに目の前にいるのは間違いなくクラトだった。


 呪いに集中しているクラトは私に気付いていないらしく、瞼を伏せて何か聞き取れない言葉を口にしている。古い呪文だろうか。低い声で一節を唱えるたびに空気がぴんと張り詰めて、黒い靄が脈打つように収縮しながら徐々に薄まっていく。


 負荷の大きい呪文なのか、クラトの表情は険しく、呼吸が乱れていた。倒れたラズリの前に立ち、時折その姿に視線を向けながら、彼女へ這い寄ろうとする呪いを退けている。


 ラズリを守っているんだ。

 そう思った瞬間、靄が大きく膨れ上がった。


 クラトが短く何かを唱えると同時に空気が大きく流動し、耳の奥がきんと痛む。靄は裂けるようにほどけ、東屋の影へ吸い込まれるように消えていった。


 森に静寂が戻る。

 クラトの肩が、ほんのわずかに揺れた。

 よろめいたように見えた。


 けれど次の瞬間には、何事もなかったかのように背筋を伸ばしていた。


「……誰だ」


 地を這うような声。しまった、と思った時にはもう遅かった。クラトが振り返り、長い前髪の奥の暗い瞳が、私を見つけた瞬間、鋭く細められる。


「アルドラ嬢。なぜあなたがここに」


 初めて言葉を交わした日と同じ、冷えきった声だった。呪いと対峙した影響か、そのまなざしにはわずかに疲労が差している。


 折れた小枝のついた制服を最低限整えて、私は二人の前に歩み出た。倒れたラズリの胸がかすかに上下しているのを確認して、内心ほっと胸を撫で下ろす。


「それはこちらの台詞ですわ、あなたこそ何をなさっていたの」

「何を、とは」

「とぼけないでください。私は見ていました、あの黒い靄をあなたが消したところを」


 尋問みたいに聞きながら、深入りしすぎだろうかと不安に思う気持ちもあった。


 いくら冷淡に振る舞ったところで、クラトがラズリを傷つけるために動くはずがないことを、私は知っている。せっかくラズリがホメロスといい雰囲気になっているのに、下手に掘り下げるのはフラグ管理に影響するかもしれない。


 でも、素通りできなかった。

 彼がしたことを誰も知らないというのが嫌だった


「付いた埃を払ったのみです、この森ではいろいろなことが起きますので」

「あんな呪文で? 随分と用意が良いのですね」

「アルドラ嬢」


 ディアらしい言葉を意識して、つい探るような言い方になってしまった私に、クラトが嘲るように返した。


「イルドゥン家についてはあなたもよくご存知のはずです。関わった者には災いが起きる。王家を欺き、今なお怪しげな術に手を染める一族だと」

「それは……」

「平穏に暮らしたいなら、見なかったことにするのが賢明です」


 彼の言っていることは間違っていないと思う。言い方にはかなり険があるけれど、クラトが絡むシナリオでのディアはそういう役割だ。ラズリにクラトの悪評を伝え、イルドゥン家には近づかない方がいいと言う。


 ……そうなんだけど。


 クラトが袖口を整えるように右手を引く。制服の袖の隙間から手首が覗いた。血色の良くない肌に、薄い痣のようなものが浮かんでいる。


 ラズリの手首に残るはずの小さな痣。ゲームの画面で何度も見た、あの不吉な印と、同じものに見えた。


「その手は、」

「見るな」


 鋭い声に、息が止まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ