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森での出来事1

 学園の創立記念式典を翌日に控えた放課後、私は医務室にいた。授業中に倒れた学友・ソプラを見舞うためだ。彼女はゲームでは背景にいるだけの生徒だけど、この三ヶ月で一緒に授業を受けたことで親しくなっていた。


 白い寝台の上で眠るソプラの顔色は悪い。それが、この地を覆う「呪い」の影響であることは、もう少し後になってから判明する。


(このあと、森でラズリが呪いに襲われる……ってわかっているのに事件が起きるのを待つだけなの、やっぱり嫌だな)


 今ごろ、明日の式典と舞踏会の作法を総ざらいしたラズリが、気分転換にと学園外れの森へ向かっているはず。そして東屋の近くで呪いに襲われ、気を失うはずだった。


 偶然通りがかった男子生徒Bが教師を呼び、ラズリは医務室に運び込まれる。目を覚ました彼女の手首には小さな痣が残っている。物語が進んだとき、その痣がこの地を覆う呪いの生贄を示すものだと判明する……というメインストーリーに繋がる重要なイベントだ。


 だから私は、本を開いたまま耳を澄ませていた。さっきから同じ行を何度も目でなぞっていて、内容なんてすこしも頭に入ってこない。


 廊下が騒がしくなるのを待つ。

 誰かが「森で生徒が倒れていました」と駆け込んでくるのを待つ。真っ青になったラズリが運び込まれてくるのを、待つ。


 待つ、だけのはずだった。


「……遅くない?」


 思わず小さく呟く。

 ゲームではこのあたりで必ず先生が医務室に駆け込んでくる。場面が暗転し、目を覚ましたラズリが、不安げに手首の痣を見つめる。そういう流れだった。


 なのに、廊下は静かなまま。扉から顔を出して様子を窺っても、みんな式典準備に追われていて、ラズリの名前を口にする者はいない。


 まさか、イベントが起きていない?


 胸の奥が、すっと冷えた。

 ここは千恋の世界だけど、ゲームそのものじゃない。名前もなかったはずのソプラは、ちゃんと私の学友として医務室で眠っている。

 なら、ゲームに映らなかった場所で何かが起きていてもおかしくない。例えば、ラズリがシナリオにない危険にさらされているとか。


 しおりも挟まず本を閉じて、私は廊下に出た。


「ディア様?」


 式典の準備を手伝っていた同級生が、不思議そうにこちらを見る。


「少し外しますわ。先生方に居場所を聞かれたら、学園裏の森へ向かったと伝えて。すぐに戻ります」


 私は制服の裾を翻し、医務室とは反対方向へ歩き出した。

 学園の裏手。式典会場の予行の音楽が遠ざかる先。ゲームの中で、ラズリが倒れていた森の東屋へ向かって。

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