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雨の日の記憶2

 その絵画にして宝物庫に収めるべき笑顔を見ていると、あの岬で見た暗い空や、冷たい雨の記憶が遠ざかる気がした。


 淡い恋をして、服装に悩んで、好きな人に可愛いと思われたいと願うラズリ。

 ラズリは頑張り屋で、どんな苦境の中でも折れない強い心を持つヒロインだ。でもこうして、ひとりの女の子として振る舞う姿を前にすると、このまま何の痛みもなく笑っていてほしいと思ってしまう。


「……そういえば」


 ラズリがふと思い出したように首を傾げた。


「この前の放課後、イルドゥン家のクラト様にお会いしたんです」

「クラトに?」

「はい。手紙を出しにいく途中だったのですが、天気が崩れるから早く帰るよう言われて。最初は少し驚いたんですが、本当に雨が降りましたよね」


 雨。

 岬で私をずぶ濡れにした、あの雨だろうか。


「突然のことで、ちゃんとお礼を言えなかったのが心残りで……私、クラト様を少し怖い方だと思っていたのですが、誤解していたのかもしれません」


 印象だけで勝手に決めつけてはいけませんね。

 そう言って眉を下げて笑う表情に、胸の奥がきゅっとなる。


 ラズリは可愛いだけでなく……いや、可愛いのだけど、本当にいい子だ。冷たくされた相手の中にも、わずかな優しさを見つけられる。


 だから、クラトは何も知らせないのだろう。彼女が朗らかに過ごせるように。誰かのために苦しまずに済むように。

 私たちは、立場も、選ぼうとしている道も違う。それでも、ラズリに傷ついてほしくないという願いだけは似ているのかもしれない。


「……そうね、人は、話してみなければわからないこともあるから」


 私はできるだけ穏やかに微笑み返した。


(クラトは私を警戒している。当然だ、私の口からアルドラ家へとクラトの研究が伝わる可能性もあるのだから)


 アルドラ家はイルドゥン家が身分を剥奪された経緯に関わっている。しかも私は、彼の研究室があるはずの岬で不審な動きをしてしまった。クラトから見れば、アルドラ家の令嬢がイルドゥン家の秘密を探っているように見えただろう。

 

 今は正面からの接触は避けた方がいい。

 もちろん、下手にゲームの知識を披露するのも危険でしかない。


 なら、別の道筋を探そう。


 この世界のディアはゲームとは違い、クラトの手首にラズリと同じ印が浮かんでいたことを知っている。ラズリを大切に思うディアなら、それが何を示すのか調べてクラトに辿りついてもおかしくない。


「……スピンオフとかにありそうな展開だな」


 うっかり心の声が口に出てしまったけど、幸い、窓に目を向けているラズリに気付かれることはなかった。外に誰かいるのかと思ったけれど、真面目な顔で毛先に触れているのを見るに髪を結う想像をしているらしい。可愛いポイントがさらに加算される。


 ラズリの日常を守りたい。

 そのためにあなたと手を結びたいと言えば、クラトはどう出るだろう。

 

 私は、アルドラ家のディアとして交渉する。調べ上げた「呪い」の情報を元にクラトに接触し、ラズリを助ける方法を見つけたいと言う。クラトも自分の研究が危ない橋を渡っている自覚はあるだろうし、私を利用しようと考える可能性は十分ある。


 まず必要なのは、彼と踏み込んだ話をするための材料だ。


「ラズリ、今日はありがとう」

「え、そんな、相談したのは私の方なのに」

「あなたのおかげで、私も少し考えがまとまったの」


 助かったわ。そう返すと、ラズリは嬉しそうに目を細めた。


「ディア様のお役に立てたなら良かったです」


 役に立つなんてものではない。あなたの笑顔が私の、そしてクラトの進む理由そのものなのだから。


 ラズリと別れた後、私はまっすぐアルドラ家の屋敷へ戻った。目的地は、地下に広がる書庫だった。

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