岬の研究室4
警告。
その言葉に胸がざわついたのは、ゲーム本編でのクラトの台詞を思い出したからだった。
『警告だ、二度とここには来るな』
何度目かの研究室イベントで、クラトはラズリにそう告げる。クラトの内面を知ろうとするラズリを遠ざけるための言葉だ。もちろん、正しい選択肢を選べば仲直りして関係は深まる。
けれど、ここで選択肢を間違えると一気にバッドエンドに突入する。ラズリがクラトから距離を取った後、彼は禁呪に手を出した罪で処刑されてしまうのだ。
千恋はバッドエンドが多い。そしてその半分以上はクラトルートに集中している。
下手に行動すれば取り返しのつかない結果を招いてしまうかもしれない。雨雲のような予感に、今さらながら背すじが冷えた。自分が、本来足を踏み入れない岬にいること自体が急に恐ろしく感じられる。
「探し物ですか」
問いかけられて、肩が震えた。
クラトはまだ洞穴の外を見ている。
「何のことかしら」
「あなたはここで、何度も崖や岩陰を確認していた。花の群生まで見ていたようですね」
「よくご覧になっているのね」
「見たくなくても目に入ります。この岬で、あんなに不自然な動きをしていれば」
たしかに不自然だっただろう。
青い花、古い扉、崖の近く。曖昧な記憶を頼りにきょろきょろしていたのだから、怪しまれない方がおかしい。
私は言葉を探した。イルドゥン家の研究室を探していました、なんて言えるはずがない。あなたがラズリのために死ぬつもりなのを知っているから、あなたの先祖と同じように――なんて、もっと言えない。
いっそ洗いざらい話してしまいたいくらいだったけど、変な魔法にでもかかったか、アルドラ家の差し金だと思われるに決まっている。私が知っているのは未来ではなくゲームのシナリオで、何がどんな結果を招くかなんて、本当はわかっていない。
「……少し、気になることがあっただけですわ」
「その気になることが、あなたの手に負えるものだと思っているのですか」
途切れない雨が、地面を叩いている。
クラトの声は冷たかった。けれど、そこにほんの少し、焦りのようなものが混じっている気がした。
クラトだって、全て受け入れているわけではないのかもしれない。ラズリを脅かす痣。禍々しい呪い。身代わりになるという選択。
そこまで考えて、気がついた。私はもう、クラトのことをただ「キャラクター」として見られなくなっていると。
「……今日は、帰ります」
これ以上ここで粘っても、クラトは何も話さないだろう。雨も強い。屋敷に戻る時間を考えても、これ以上の探索は無理だった。
「賢明です」
「あなたは、まだここにいるつもりですか」
「どうでしょうね」
「体が冷えているでしょう、風邪など引かれませんように」
疲労と緊張のせいか、ディアらしくない言葉を口にしてしまった気がする。クラトはほんの少し目を見開いて、やがて細く息を吐いた。
呆れたのか、苛立ったのか、それとも別の感情なのかはわからない。
結局、研究室は見つからなかった。
クラトの秘密にも近づけなかった。
けれど、それで良かったのかもしれない。核心に近づけばストーリーは進むけれど、それがどこに続いているかはわからないのだから。
雨が弱まった間に岬を後にした私は、細い道を歩きながらもう一度来た道を振り返った。足場の悪い道。危険な崖。雲が迫ってくるような暗い空。その全てが、クラトの立っている場所のように思えた。
「私は、あなたをここから連れ出す」
誓いのように呟いて、泥だらけの足を学園の方へと進めた。




