表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/23

岬の研究室2

 結論から言うと、岬は広かった。

 いや、広すぎた。


 ゲーム画面では、曇天を背にした断崖と潮風に揺れる草むらが描かれた、どこか寂しげな場所だった。買い出し帰りに道を間違えたラズリが海沿いの細道を進み、古びた扉を見つける。そこからクラトの秘密へ近づくイベントが始まる。


 背景一枚と数行のテキストで済まされていたから、完全に油断していた。


「……現実の岬、広すぎない?」


 潮風に煽られる髪を押さえながら、私はディアとしての振る舞いも忘れて呟いた。


 学園の裏門から続く坂道を下り、海沿いの道に出たまでは良かった。けれどそこから先が問題だった。右を見ても左を見ても似たような岩場と草むらと細い道が続いている。

 遠くでは褪せた色の海が白い波を立て、空には今にも雨を落としそうな古綿色の雲が重く垂れ込めていた。


 クラトルートのラズリは、たしかこのあたりで道に迷ったはずだ。

 そして偶然、研究室を見つける。


 偶然。


「いや、無理でしょ」


 さすがは今世紀を代表するヒロイン、イベントを引き寄せる力が違う。私はただのサブキャラ令嬢ポジションなので、そんな都合の良い偶然は発生してくれない。

 とはいえ、ここまで来た以上、何も見つけずに帰るわけにはいかなかった。スカートの裾を片手で持ち上げて、草むらを避けながら人ひとりがようやく通れる道を進む。


 潮風で髪は乱れるし、靴は土で汚れるし、足は昨日の舞踏会の疲労をこれでもかと主張している。そもそも、アルドラ家の令嬢が休日にひとりで岬をうろついているなんて、知り合いに見られたら何を言われるかわからない。


 けれど、今は体裁を気にしている場合じゃなかった。

 クラトが人知れず続けている研究。王家を欺いたと言われるイルドゥン家の真実と、代々伝わる呪いの記録。クラトを死なせないために不可欠な情報がここにはある。


 とはいえ、私はラズリじゃない。ゲームでは研究室に通うことでクラトの好感度が上がるけど、ディアが同じことをしても逆の結果になるだろう。私は別の方法で、クラトから研究の話を聞き出さないといけない。


「たしか、崖の近くに古い扉があって……周りに青い花が咲いていたような……」


 記憶を頼りに辺りを見回す。

 青い花ならある。見渡す限り咲いている。白っぽい岩も、古びた扉がありそうな崖もある。そのへんにいくらでもある。


「もっと目印とかないと、ラズリも二回目以降辿りつけないでしょ……!」


 理不尽な文句を言いながら足を進めると、不意に冷たい風が吹いた。

 海から上がってきた風は思った以上に強い。体勢を崩しかけて、慌てて近くの岩に手をつく。指先にざらりとした感触が残る。同時に、頬に冷たいものが滴った。


「……雨?」


 ぽつり、ぽつりと空から雫が落ちてくる。

 嫌な予感がした次の瞬間、雨粒は一気に勢いを増した。黒々とした雲から冷たい雨が岬に降り注ぐ。


「こんな時に限って、もう!」


 急いで雨宿りできそうな場所を探す。けれど周囲にあるのは岩と草と崖ばかりだ。傘なんて持ってきていない。少し雲行きが怪しい気はしていたけど、こんな本格的な雨になるなんて考えてもいなかった。


 視界が霞む。濡れた草が足首に絡む。ぬかるんだ土に、高価な靴の底が沈む。お屋敷に帰ったら侍女に何と言えばいいのか、今は考えたくない。それでも、私は少し先に見えた岩陰を目指して歩いた。そこなら、せめて雨風を避けられるかもしれない。

 けれど一歩踏み出した瞬間、足元の土が崩れた。


「っ……!」


 靴が滑る。身体が前のめりに傾く。視界の端に崖下の白い波が見えて、首すじがぞっと粟立つ。


 まずい。そう思った時にはもう、手を伸ばして掴めるものがなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ