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岬の研究室1

 舞踏会の翌日、私は朝から机に向かっていた。

 全身が痛い。特に足が痛い。頬まで痛くなるとは思わなかった。昨日、淑女の微笑みで表情筋を固定していたせいだ。

 けれど寝ている場合ではない。貴重な休日の間に進めなければならない計画があるのだから。私は羽ペンを握り、目の前の紙に三つの項目を書き連ねた。


 ラズリ生存ハッピーエンド。

 ホメロスルート維持。

 クラト死亡回避。


 ……いいとこ取りにもほどがある。

 でも諦めるつもりはなかった。


 『千恋』は、清く明るい学園乙女ゲームだ。ただしそれは前半の話で、ラズリが世界を千の呪いから守る受け皿、つまりは生け贄であることが発覚してから物語は一気にシリアスへと傾いていく。

 その呪いを代わりに背負い、自らの命と引き換えにラズリを救うのがクラト……なんだけど。

 

(……クラトルート、一回しかプレイしてないから細かいところを覚えてないんだよね)


 はあ、と深くため息をつく。

 ホメロスルートみたいに時系列をしっかり押さえていれば、もっと対策を練ることができるのに。


 あいまいな記憶をかき集めて整理する。クラトは子供の頃に出会ったラズリをずっと愛していて、彼女のために呪いを肩代わりする方法を研究している。他キャラのルートだとクラトは人知れず呪いの犠牲となり、クラトルートではラズリと力を合わせて呪いを打ち破る方法を見つけてハッピーエンドになる。


 私はラズリではないけれど、アルドラ家のディアという立場と、ゲームで得た知識がある。その二つを駆使して、クラトが呪いの対策法に辿りつけるよう動かなければならない。


 そうと決まれば、と思い出したのは曇り空が印象的な背景だった。


 クラトルートで、ラズリが彼の秘密に近づくきっかけになるイベントがある。確か、買い出しの帰りに岬を散策していたラズリが、偶然クラトの研究室を見つけるのだ。

 そこには、イルドゥン家の研究資料が隠されていた。千の呪い。受け皿。身代わりの術式。クラトは何かの研究をしているらしいとラズリが知る、クラト独自のシナリオの始まり。


「……あれって、舞踏会の前だっけ?後?」


 困った。どうにも記憶が曖昧すぎる。

 なぜ私はプレイ中にメモを取らなかったのか。なぜもっと千恋の世界観に真剣に向き合わなかったのか。ホメロスのスチルについてしつこく愚痴っている場合じゃなかった。


 でも、時期が前後したところで何もしないよりはましのはず。クラトを救うための手がかりがあるなら、一日でも早く見つけた方がいい。


 問題は、ゲームで言うところの「岬」が、現実ではどのくらい広いかということだけど。


 ……まあ、行けば何とかなるでしょう。


 数時間後、私はこの雑な見通しを心の底から後悔することになる。

 

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