舞踏会の夜5
――こんな顔をしていたんだと思った。
ラズリに対する冷たい言葉。倒れた彼女を庇うように立っていた姿。手首に隠された痣。
その全てが、目の前の凪いだ湖のように静かな表情に重なっていく。
報われたいなんて、きっとすこしも考えていない。自分の手を取ってほしいとも思っていない。ただ、好きな人が幸せで良かったと心から満たされている顔。
森での一件を見た今ならわかる。
きっと、クラトはもう決めている。ラズリを苛む呪いを、すべて自分が背負うと。彼女がホメロスと笑い合って、何も知らないまま幸せになることを望んでいる。そのためなら、自分がいなくなってもいいと。
胸の奥がずきり痛む。
――この人が死ぬのは嫌だと思った。
私はクラトが好きじゃない。明らかに他のキャラより熱の入ったシナリオも、作劇の都合とはいえ何度もラズリを泣かせるのも、他のキャラのルートをプレイしていても「でもこのハッピーエンドの裏でクラトが死んでいるんだよね」と思わせる立ち位置も、全部気に入らなかった。
しかも実際に関わってみればゲーム内よりはるかに感じが悪いし、言葉は刺々しいし、ラズリを一途に想っていなければ頬のひとつでも張っていたかもしれない。
それでも、こんな顔で誰かの幸せを見つめる人が誰にも知られず犠牲になるなんて。ゲームの数行のテキストの向こう側で、名前も顔も伏せられたまま消えていくなんて、そんなの納得できない。
(……何か、いい方法はないのかな)
ラズリがホメロスと結ばれて、笑っていられる未来。それと同時に、クラトも犠牲にならずに済む未来。そんな都合のいい道がどこかに存在しないだろうか。
わからない。ゲーム本編でも、公式ノベライズでも、クラトルート以外に彼が救われる展開はなかった。少なくとも私は知らない。
でも、ゲームはすべての情報を明かしているわけじゃない。男子生徒Bの正体も、森でクラトが何をしていたのかも、ラズリを見る表情も、私はこの世界に来て初めて知った。
なら、まだ知らない道だってあるかもしれない。
やがて音楽が止んで、ほっと息をついたラズリとホメロスが、照れたように互いから離れた。
踊っているうちに、ラズリの髪飾りの位置が下がっている。それに気づいたホメロスが、彼女の髪に手を伸ばした。触れていいのか迷うように手を止めて、結局そっと金の飾りを直す。
驚いたように顔を上げるラズリ。
気まずげに視線を逸らすホメロス
その光景は胸が苦しくなるほど可愛らしかった。いつもの私なら、内心で三回は転げ回っていたと思う。
けれど私は、もう一度クラトのいた場所へ視線を向けた。
そこに、彼はいなかった。音楽と拍手、人々の笑い声の向こう。広間の出入口へ向かう黒い背中だけが見えた。
誰にも呼び止められず、誰にも見送られず。
クラトはまた、画面の端から消えていくように去っていく。私はその背中を、目で追った。
今度は、見失いたくなかった。




