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舞踏会の夜4

 大広間は、まばゆい光に満ちていた。


 巨大なシャンデリアが天井から光を注ぎ、楽団の奏でる音楽がやわらかく響いている。来賓や生徒たちのドレス、礼装、宝石、装身具。すべてが光を受けて輝くようだった。


 画面で見た時は背景が綺麗なゲームだなと思った。でも、こうして自分の目を通すと、眩しさに言葉を失うばかりだった。

 ……本当は、もっとゆっくり眺めたいのだけど。


「アルドラ嬢、一曲お願いできますか」

「その次はぜひ私と」

「ディア様、後ほどお時間をいただけませんか」


 次から次へとダンスの誘いがやってきて、息をつく暇もない。

 そう。ディアは黄金の薔薇で、名門令嬢で、学園のスターだった。ゲーム内ではラズリを送り出す役割のディア。その後、画面外でこんなにもダンスの誘いをさばいていたなんて。


 微笑みを保ったまま順番を調整し、断るべき相手にはやんわり断り、踊るべき相手とは優雅に踊る。


 足が痛い。頬が攣りそうになる。

 森で呪いを見た翌日にこれは、正直かなりきつい。

 でも耐える。耐えるしかない。なぜなら今夜のメインイベントは、まだ始まっていないのだから。


 数曲が過ぎた頃、楽団の音が緩やかに変化した。それまでの華やかな曲調から、ゆったりとした甘い旋律へ。


 胸の奥で鼓動が大きく鳴った。

 間違いない。この曲だ。ラズリとホメロスが初めて踊る、舞踏会イベントの曲。


「申し訳ありません、少し失礼いたしますわ」


 私はちょうど挨拶をしていた生徒に微笑み、自然な足取りを装って広間の中心を見渡した。


 いた。広間の真ん中から少し外れた場所で、ラズリとホメロスが向かい合っている。

 ラズリは緊張した様子でホメロスの手を取っている。ホメロスも口元を引き結んでいて、見るからに余裕がない。


 けれど、二人は互いに目配せして、ゆっくりと動き出した。


 ラズリのステップは辿々しい。ホメロスも決して優雅とは言えない。けれど互いに相手を気遣いながら、息を合わせようとしている。ラズリが足をもつれさせかけると、ホメロスがすぐに支えた。何か小さく言ったのだろう。ラズリが目を丸くして、それから綻ぶように笑う。


 ああ、と。

 私は胸の前で手を握りしめた。


 最高。ありがとう。これを見たくて今日一日頑張った。ゲームのスチルそのまま、いや、数百倍の破壊力だった。ラズリの動きに合わせて揺れる髪や、ホメロスのぎこちなくて優しい手つきまで、全部見えている。


 この光景を目に焼き付けなければ――そう思った時、ふいに記憶の端に引っかかるものがあった。


 実は、舞踏会のスチルには小ネタがある。

 ラズリとホメロスの後ろ、ダンスの輪から離れた場所に映り込んでいる男子生徒。初見ではただの背景でしかない彼は、二周目以降、隠しキャラのクラトだとわかる。

 後ろを向いているから、表情は見えない。


 私は、ゆっくりと視線を巡らせた。

 華やかなドレス。賑やかな笑い声。グラスが触れ合うかすかな響きと、鼓膜をくすぐる心地良い音楽。その中で、壁に近い一角だけがやけに静かに見えた。


 そこに、彼がいた。

 イルドゥン家のクラトが。


 近くにいた生徒たちが、黒いローブに包まれた立ち姿に気付いて眉をひそめる。


「あの方、なぜここに……」

「イルドゥン家の跡取りでしょう?」

「まだ学園にいらしたのね」


 音楽に紛れるほど小さな声なのに、そこに含まれた棘だけはくっきりと耳に届く。けれどクラトは何も聞こえていないように、光り輝く踊りの輪を見ていた。


 ところどころ危うい身のこなしで、けれど心から楽しそうに踊るラズリ。昨日の森の出来事などなかったように、世界に祝福されているように。


 人の波に背中を押されて、私は傾きかけた身体を支えた。自然な動きで体勢を整えながら、ふと視線を動かして、そのまま硬直する。


 今まで背中だけが映っていたクラトの顔が、はっきりと見えた。


 あまりにも穏やかで、優しい顔だった。

 

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