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第89話 抱きしめるまで

ゴールしたあと、


蓮は数歩だけ前へ進んだ。


脚はまだ動いているのに、


身体の中身はもう空っぽに近い。


振り返る。


御影がそこにいる。


黒瀬もいる。


白城学院のアンカーは、


悔しさを飲み込んだ顔で掲示板を見ていた。


でも、その目は折れていなかった。


黒瀬は肩で息をしながら、


小さく笑っていた。


負けた。


でも、最後を走ってよかったと、


そういう笑いだった。


蓮も二人を見る。


言葉はなかった。


それでも伝わるものがあった。


追ってきたもの。


守ってきたもの。


背負ってきたもの。


全部違うのに、


最後は同じトラックの上でぶつかった。


だから、きっともう、


ただの敵じゃない。


そのとき、


高梨が遥の背中を押した。


「行ってください、宮坂先輩」


遥は一瞬だけ止まる。


「でも」


「今、行かなかったら後悔します」


高梨の目も、もう泣いていた。


遥はそれ以上ためらえなかった。


蓮のところまで走る。


蓮が顔を上げる。


遥は何か言おうとして、


でも言葉が先に壊れた。


「……蓮」


それだけだった。


次の瞬間、


遥は泣きながら蓮に抱きついていた。


歓声の真ん中で。


涙と笑いがぐちゃぐちゃになった顔のままで。


蓮は一瞬だけ驚いて、


でもすぐに腕を上げた。


抱き返す、というより、


落ちないように受け止めるみたいな動きだった。


「勝った」


遥が泣きながら言う。


「うん」


「勝った、蓮」


「……うん」


その声は、蓮らしくないくらい少し震えていた。


高梨はその光景を見て、


泣きながら笑った。


少し痛い。


でも、これでよかったと思えた。


牧田も白石も篠原も、


井坂のほうを気にしながら、


でも泣きながら叫んでいた。


「優勝だーっ!」


「全国一位ですーっ!」


「やばい、ほんとにやばい!」


その感動は長く続かなかった。


蓮の身体が、


急に力を失う。


遥が異変に気づく。


「蓮?」


返事がない。


次の瞬間、


蓮の膝が折れた。


「朝倉先輩!」


高梨が叫ぶ。


遥が必死で支えようとする。


でも、体重を全部受け止めきれない。


蓮はそのまま、


意識を失って倒れ込んだ。


400メートルの最初から最後まで、


フルでシンクロ状態に入った反動だった。


歓喜のど真ん中で、


一気に現実が押し寄せる。


救護スタッフが走る。


西野が顔色を変える。


倉橋が立ち尽くす。


御影も、黒瀬も、


少し離れた場所でそれを見ていた。


勝った代償の大きさを、


誰も軽くは見られなかった。


それでも、掲示板の一位は消えない。


県立潮見高校。


全国一位。


その事実だけが、


揺れないまま、競技場の上に残っていた。

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