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第88話 最深部

御影は、前を見ていた。


白城学院のアンカー。


個人四百の王者。


今年の本命。


勝って当然と言われる側の選手。


その重さを、


御影はずっと黙って背負ってきた。


四人でつないだバトンが、


最後に自分へ来る。


その意味を、


誰よりわかっているからこそ、


絶対に落とせなかった。


第三コーナーへ入る。


そのとき、背後の空気が変わる。


振り返らなくてもわかる。


来た。


黒瀬じゃない。


そのさらに先の熱。


音がないまま、


異様な速さだけが近づいてくる。


朝倉蓮。


御影は前を向いたまま、


ほんの少しだけ目を細めた。


個人で勝った。


でも、あれで終わりじゃないと思った。


この男は、


一人で負けて終わる顔じゃなかったからだ。


そして今、


本当に来た。


蓮のなかには、まだ音がなかった。


ゴールまで、何も聞こえない。


でも、熱だけがある。


井坂が倒れた瞬間。


鳴海の歯を食いしばる顔。


倉橋の戻した半歩。


西野の「最後、先頭で終わりましょう」。


遥の「戻ってきて」。


高梨の「勝ってください」。


小宮山の「……四人で」。


全部が、


前へ行けと言っている。


第三コーナーの外側から、


蓮は御影との差を削る。


一歩。


また一歩。


普通なら、ここでもう反動が来る。


身体が重くなる。


肺が焼ける。


世界が戻ってくる。


でも、今日は違った。


反動すら、


置き去りにした。


最深部。


シンクロの深淵の極みへ、


蓮はそのまま沈んでいた。


足が勝手に動くんじゃない。


意志のほうが、


身体より先へ行っている。


スタンドが総立ちになる。


歓声は、もう地鳴りみたいだった。


「朝倉ァァァ!」


「行けえええ!」


「潮見ーッ!」


「御影、逃げろ!」


誰かが泣きながら叫んでいる。


誰かが笑いながら立っている。


感情の全部が、


競技場の上で渦になっていた。


遥はもう声が枯れていた。


高梨も泣きながら叫んでいた。


一年マネ三人は、


井坂が倒れたままなのに、


それでも蓮から目を離せない。


牧田は涙を拭きながら叫ぶ。


「朝倉先輩ーっ!」


白石はもう言葉にならない。


篠原はしゃくりあげながら、


それでも両手を口に当てて応援していた。


残り五十。


御影の背中が、


手の届く距離に入る。


白城学院のエースも、落ちない。


落ちないまま、


最後まで王者のフォームを保つ。


だからこそ、


美しかった。


そして、残酷だった。


蓮はその背中に並ぶ。


並んだ瞬間、


御影はようやく横の気配を認識する。


音がない。


ないのに、


熱だけが隣を通る。


御影は唇をかみしめた。


これが、潮見のエース。


これが、四人で来た速さ。


残り二十。


並ぶ。


残り十。


蓮は最後の一歩で、


腕じゃなく、脚で地面を裂いた。


前へ出る。


御影の肩が、


視界の端へ落ちる。


ゴール。


世界に音が戻った。


爆発だった。


歓声。


悲鳴。


泣き声。


拍手。


アナウンス。


全部が一気に蓮へ落ちてくる。


電光掲示板に出る。


一位 県立潮見高校


全国制覇。


その文字が、


少し遅れて現実になった。

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