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第87話 音より速い

バトンが手に入った瞬間、


蓮のなかへ三人分の熱が流れこんだ。


鳴海が最後尾で耐えた熱。


倉橋がひとつ戻した熱。


井坂が倒れるまで削った熱。


それが、全部いっぺんに来る。


次の瞬間、


世界から音が消えた。


歓声が消える。


風が消える。


スパイクの打音も消える。


最初の一歩から、


最後まで音のない四百が始まる。


完全だった。


今までで、いちばん深い。


前には畿内総合のアンカー。


その少し先に、東陵大附属――アンカー黒瀬。


さらに前に、白城学院の御影。


三人。


でも、遠くない。


蓮は一歩目から前へ出た。


バックストレートの入口で、


畿内総合との差がもう縮む。


関西の強豪校のアンカーは、


横から来る気配に一瞬、肩を強張らせた。


何が来たのか、わからない。


足音がしない。


気配だけが、先に隣へ来る。


背筋が凍る。


“かわされた”と認識するより先に、


蓮はもう前へ出ていた。


畿内総合のアンカーの動きが、


ほんの一瞬だけ止まりそうになる。


その瞬間ごと、


蓮は置いていく。


三位。


次は黒瀬。


東陵大附属のアンカーは、


予選とは違って黒瀬が走っていた。


最後を走ると決めた男の背中だった。


黒瀬はわかっていた。


来る。


必ず、来る。


個人で自分を越え、


予選でも前に出た蓮が、


この決勝の最後で来ないはずがない。


だから、逃げなかった。


黒瀬も限界まで前を押す。


王様の学校だと言われ続けた背中。


その最後を、自分の足で守るために。


でも。


静かだった。


後ろから来るのに、


音がない。


風だけが、少し遅れて揺れる。


振り向かなくてもわかった。


朝倉だ。


黒瀬の口元が、ほんの少しだけ上がる。


怖いのに、うれしい。


そういう相手になった。


バックストレートの半ば。


蓮が並ぶ。


黒瀬も落ちない。


並んだまま、二人の腕が振られる。


スタンドが狂ったみたいに沸く。


「朝倉ーッ!」


「黒瀬ーッ!」


「行けェェ!」


でも、蓮には聞こえない。


音のないまま、


ただ黒瀬のフォームだけがはっきり見える。


強い。


本当に強い。


だからこそ、ここで抜く意味がある。


蓮は一段だけ、さらに前へ体を運んだ。


黒瀬の肩が、視界の端へずれる。


抜いた。


二位。


残るは、御影だけだった。

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