第85話 最後尾の一走
真田は速かった。
最初の五十で、もう違う。
無理に飛ばしているんじゃない。
あれが普通みたいに前へ出る。
白城学院の一走も、畿内総合も速い。
全国の決勝は、
一走からもう逃げ場がなかった。
鳴海は食らいつく。
ついていくんじゃない。
切れないように耐える。
百。
二百。
前との差は開く。
呼吸が苦しい。
脚の中が早くも重い。
それでも鳴海は肩を上げなかった。
ここで形を壊したら、
もう後ろへ何も渡せない。
最後の直線、
横にいた一校に前へ出られる。
さらにもう一校にも並ばれる。
抜き返せない。
でも、崩れない。
鳴海は歯を食いしばった。
全国の決勝で、一年が簡単に前へ出られるほど甘くない。
そんなことは最初からわかっていた。
それでも、悔しかった。
前が遠い。
でも、遠いままで終わりたくない。
最後まで腕を振る。
脚を止めない。
そのまま、八位で倉橋へ渡した。
最下位。
現実として、それが今の自分の位置だった。
渡した瞬間、鳴海は一歩よろけた。
けれど、すぐに顔を上げる。
終わっていない。
まだ、終わっていない。
倉橋が受ける。
一歩目から、やわらかい。
焦りはある。
でも、その焦りで固くなる走り方じゃない。
前の背中を、
一つずつ拾うための走りだった。
二百までにすぐ差が詰まるわけじゃない。
でも、離されない。
三百手前で、一校の背中が少しだけ大きくなる。
そこで倉橋は、ほんの少しだけピッチを上げた。
派手な加速じゃない。
見逃せばわからないくらいの変化。
それでも、距離が縮む。
最後の直線。
前の一校に並ぶ。
抜く。
わずか半歩だけ前へ出る。
そのまま、七位で井坂へ。
最下位から一つ戻しただけ。
でも、その一つに、
倉橋の意地が全部入っていた。
「戻した」
西野がベンチで小さくつぶやく。
遥の目が熱を持つ。
高梨が叫ぶ。
「井坂くん!」
受けた井坂の背中が、
その声に押されるように前へ出た。




