表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/92

第83話 最後を走る人

朝の競技場は、


昨日までとは別の場所みたいだった。


空気が薄い。


光が硬い。


スタンドのざわめきまで、少しだけ鋭い。


決勝進出校のテントだけが、


妙に静かだった。


白城学院のテントでは、


御影が黙ってスパイクの紐を締めていた。


個人四百では勝った。


でも、あれで全部が終わったとは思っていない。


個人で勝つのは、一人の速さだ。


リレーで勝つのは、


四人の速さを最後まで壊さないことだ。


白城学院の監督が低い声で言う。


「御影」


御影は顔を上げる。


「今年のおまえは、一人で勝つためじゃない」


「四人で勝つための最後を走れ」


「わかってます」


短く返す。


その短さのなかに、


去年から積み上げてきた重さがあった。


去年の白城学院は、


強かった。


でも、絶対ではなかった。


今年は違うと言われ続けてきた。


勝って当然。


王道。


本命。


そういう言葉は、


速さより重いことがある。


それでも御影は、


それを黙って背負う側の選手だった。


一方、東陵大附属のテントでは、


黒瀬が監督の前に立っていた。


「やっぱり、アンカーで行きます」


監督は少しだけ眉を動かした。


「昨日も言ったが、おまえは三走のほうが――」


「わかってます」


黒瀬が遮る。


「でも、今日は最後を走りたい」


その言い方に、


意地だけじゃないものが混ざっていた。


「朝倉と御影の背中を、最後で追いたい」


「追うだけじゃなく、追い越すかどうかを、自分の足で決めたい」


監督はしばらく黒瀬を見ていた。


去年までの黒瀬なら、


チームの形を優先して、自分の希望を前に出さなかったかもしれない。


でも、今年は違う。


個人でも。


予選でも。


県立潮見に先を取られた。


その悔しさが、


黒瀬を少しだけ変えた。


「……わかった」


監督が言う。


「最後を走れ」


「ただし、おまえ一人のレースにするな」


黒瀬はそこで初めて少しだけ笑った。


「しませんよ」


その頃、県立潮見のテントでは、


一年マネ三人が井坂の周りでうろうろしていた。


「井坂先輩、今日はほんと倒れないでください」


牧田が真顔で言う。


「縁起でもねえこと言うな、バカヤロー」


「だって心配なんですもん」


白石も口を尖らせる。


「予選のあと、絶対しんどそうだったし」


篠原がじっと井坂を見上げる。


「……でも、今日もかっこいいです」


「今それいらねえ」


「照れてる」


「照れてねえ」


そう返す声が、


いつもより少し掠れていた。


遥がその異変に気づく。


「井坂」


「はい」


「戻ってきて」


井坂は一瞬だけ目をそらした。


それから、いつもの少し雑な敬語で返す。


「戻りますよ」


「倒れるなら、渡したあとです」


高梨が顔をしかめる。


「笑えないです、それ」


蓮がそこで低く言った。


「倒れるな」


井坂が口の端だけで笑う。


「努力はします」


その答え方で、


余計に不安になる。


でも、もう止められないところまで来ていた。


西野が全員を見回す。


「今日で決まります」


声は大きくなかった。


でも、部長の声だった。


「最後、先頭で終わりましょう」


蓮が短くうなずく。


御影も。


黒瀬も。


それぞれの学校の最後がある。


その全部が、


今日の一レースに集まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ