第48話 誰も見ていないところで
真壁が自主トレをしているのを、最初に見つけたのは小宮山だった。
朝の校庭は、まだ部活の時間じゃない。
用具庫の鍵を西野から預かっていた小宮山が、記録板を取りに来たとき、トラックの第三コーナーに人影があった。
真壁だった。
ひとりでスタブロを合わせ、200の前半だけを何本も繰り返している。
いつもの真壁とは、少し違って見えた。
声を出さない。
誰も煽らない。
失敗しても舌打ちしない。
ただ、黙って、何度も出る。
スタートから最初のカーブまでの動きを、身体に叩き直しているみたいだった。
部長としてふがいない走りはできない。
たぶん、そう思っているのだろう。
小宮山は何も言わず、その場を離れた。
けれど、その日から真壁を見るときだけ、ほんの少しだけ視線が長く残るようになった。
同じころ、蓮もまた、放課後遅くの第二体育館裏で真壁を見つけた。
短い坂を使って、加速だけを繰り返している。
汗の量が、全体練習のあととは思えない。
「何してるんですか」
声をかけると、真壁は露骨に嫌そうな顔をした。
「見んなよ」
「いや、見えたんで」
「見えなくなれ」
「無理でしょ」
「朝倉、お前ちょいちょい図太いよな」
「真壁先輩ほどじゃないです」
真壁は少し笑って、それから息を整えた。
「部長になったからって、急に速くなるわけじゃねえだろ」
「はい」
「でも、遅く見えるのは嫌なんだよ」
「……」
「俺が一番じゃなくてもいい。でも、ついてこようって思える走りじゃないと困る」
蓮は黙って聞く。
「神崎先輩みたいにはなれねえからさ」
「ならなくていいんじゃないですか」
真壁が少しだけ目を上げる。
「え?」
「真壁先輩が走ってるから、ついてくる人もいると思うんで」
「……お前、たまにそういうこと普通に言うよな」
「だめですか」
「だめじゃねえけど、効くんだよ」
その言い方が少しだけ照れくさくて、蓮は視線をずらした。
後日、小宮山は用具庫の前で、真壁のスパイクに巻く新しいテープを無言で差し出した。
真壁が首をかしげる。
「これ、俺の?」
小宮山は短くうなずく。
「減ってたので」
「……見てた?」
「たまたまです」
「そう」
それだけの会話だった。
でも、小宮山の中では、たぶん何かが少し始まっていた。
目立つ人に惹かれる気持ちは分かりやすい。
けれど、誰も見ていないところで積む人を見ると、感情はもっと静かに深くなる。
小宮山はまだ、自分が真壁をどう見始めているのか、うまく説明できなかった。
ただ、以前より彼の名前だけが、少し長く心に残るようになっていた。




