表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/92

第14話 立てなかった場所

一日目の競技がひと段落すると、スタンド下の空気は少し静かになった。


潮見の面々はベンチを囲むように座っていた。


蓮は400m予選通過。


神崎も400mハードルを勝ち上がった。


明日には蓮の準決勝、さらにその先がある。


西野がスポーツドリンクを配っていると、相沢が少し離れた通路から戻ってきた。


手にはテーピングの袋。


左腿に触れる手つきだけが慎重だった。


真壁が問う。


「相沢先輩、やっぱまだ駄目なんすか」


「駄目じゃない。でも、戻ってもない」


相沢はベンチの背に体重を預けた。


「朝倉、お前は俺のこと知らないよな」


「……はい」


「だろうな」


相沢は短く息を吐いた。


「俺、百がメインなんだよ。本当は四継の方が性に合ってる」


真壁が少し意外そうな顔をする。


「なのにマイルやってたんすか」


「この学校で四継を作るより、マイルを作る方がまだ可能性あったからな」


相沢の視線が、トラックの方へ向く。


「神崎がいて、二百の真壁がいて、八百も走れる瀬川がいて、つなげば形になるかもしれなかった。だったら、百の人間がちょっと我慢してでも、そっちに寄せた方がよかった」


瀬川が静かに聞いている。


「……今年も、そのつもりだったんですか」


「つもりだった」


相沢は即答した。


「最後の県だったしな」


その一言で、空気が止まる。


蓮は何も言えなかった。


言葉を差し込める場所ではなかった。


相沢は少しだけ空を見上げる。


「本当は来たかった」


今まででいちばん、熱のある声だった。


「立ちたかったよ。そりゃ」


誰も目を逸らさない。


「県って、そういう場所だろ。地区とは違う。ここを越えないと先はない。だから、最後にもう一回、ちゃんと立ちたかった」


そして相沢は前を向いた。


「でも、今立つのは俺じゃない」


真壁、瀬川、蓮、神崎。


その順に視線が流れる。


「お前らだ」


西野が息を飲む。


遥も黙って聞いている。


相沢は、少しだけ鋭さを戻した声で続けた。


「だから、軽く走るなよ」


真壁が口の端を上げる。


「それ、朝倉に一番言ってます?」


「全員に言ってる。特に朝倉だ」


蓮はまっすぐ相沢を見た。


「……はい」


「お前、速いのは分かる。でも、速いだけで預かれる場所じゃない」


相沢の声は低かった。


「区間も、バトンも、先輩が置いていった時間も、全部まとめて来る。重いぞ」


蓮は少し時間を置いてから返した。


「……はい」


相沢はそこでようやく少しだけ笑った。


「今の返事は悪くない」


その夜、帰りの電車の中でも、その言葉だけが蓮の中に残っていた。


自分はただ走るだけではない。


誰かが立てなかった場所へ向かっている。


その事実が、県大会の意味をひとつ重くした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ