表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/92

第11話 県の空気

会場の中は、外から見るより広かった。


トラックの赤、芝の緑、スタンドの影。


競技の進行を知らせるアナウンスが、天井のない空に吸い込まれていく。


潮見の面々はスタンド下の一角に荷物を置いた。


今日の蓮は男子400m予選。


神崎は400mハードル。


マイルリレーは翌日以降だ。


蓮がスパイクを履き替えていると、瀬川が隣に腰を下ろした。


「朝倉くん、少し首が固いです」


「……分かりますか」


「分かります」


瀬川はいつもの調子で言う。


「朝倉くんって、走る前、先に首と肩へ出るので」


蓮は苦笑する。


「見られてるな」


「見ますよ。同じチームなので」


その自然な言い方に、少しだけ呼吸がしやすくなった。


少し離れた場所で、相沢がサポーターの上から腿に手を当てていた。


今日は走らない。


走れない。


それでも会場に来ているだけで、そこにいる重みが違う。


神崎が蓮を呼ぶ。


「朝倉」


「はい」


「自分のレースまでは、県の空気を見ておけ」


「空気、ですか」


「足の速さだけじゃない。招集に入るまでの顔、スタート前の立ち方、終わったあとの戻り方。県はそこに出る」


蓮は競技場を見た。


短距離の選手が通路を歩く。


フィールドの選手が静かに集中している。


勝って喜ぶ声より、負けて黙る背中の方が強く残る。


「地区より、静かですね」


蓮が言うと、神崎はうなずいた。


「騒がないだけだ。中でやってることは、地区よりずっと大きい」


真壁が荷物を漁りながら口を挟む。


「それ、余計に緊張しません?」


「する」


神崎は即答した。


「でも、その緊張ごと持って行くしかない」


相沢が壁にもたれたまま言う。


「慣れてるふりだけはするなよ。県でそれやると、一番中途半端になる」


西野が少し目を丸くした。


「相沢先輩、そういうのも分かるんですね」


「分かるよ。昔やったからな」


真壁が吹き出す。


「やったんすか」


「やった。で、遅くなった」


蓮は思わず笑いかけて、でもすぐに表情を戻した。


まだ体の中の緊張は解けきっていない。


遥がスタンドの手すり越しにトラックを見ながら言った。


「見てると、分かるね」


「何が」


「県に来てる人って、速いだけじゃない。迷ってない」


蓮はその言葉を聞いて、自分の中を探った。


迷っていないわけではない。


怖くないわけでもない。


でも、だからといって引き返す気もなかった。


午後の招集時間が近づく。


蓮は立ち上がり、深く息を吸った。


県大会の空気は、まだ重い。


けれど、もう遠くはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ