9話 英雄チーム熊討伐
「クロセ!狩りに行くわよ!」
朝、ドンドンと叩く音が聞こえたので開けるとレフィがいた。
海を思わせる深い青色の髪、瞳は水色でこれから起こることにワクワクしているようで輝いている。
街中を歩けば10人中100人が振り返る美女がドア前に来ていた。
レフィ・ラピス・オルザリア。
最強の探索者。ほぼ単独で超越個体『クラーケン』を討伐した英雄。
奇物『水の覇者』の所有者。
「んえ??狩り?」
少なくとも寝起きの俺には何を言っているのかわからなかった。
どうやら魔鉄熊が草原に出現したらしい。
緑の森の現エリアボス特別個体”シルバーバック”以外だと森では最強クラスの魔物。特殊な生態や能力はなくシンプルに魔物化した熊が全身に魔鉄で覆われている。身体能力が高く全身が硬い。
上級探索者の登竜門、一切の油断なく戦闘しても殺される確率の方が高い。
「協会からの報告だと魔鉄熊の夫婦が楽に狩れる草原の魔物を狙ってるみたい。すでに何人か探索者も犠牲になってるわ」
「……それはわかったんだが、これはなに?」
「見ればわかるだろクロセ……いつもの無茶振りだ」
深淵の大穴 第一層 草原エリア
予測出現場所 緑の森外周付近
俺とシルベストは全身蜂蜜塗れ、死んだ魚の目で作戦を考えた張本人2人を見ている。
「それがね。件のくま達は蜂蜜と肉が好物らしくてね。それならいっそ罠にかけちゃえって」
「かけられたこっちの気分は最悪だ……甘ぇ」
試しに舐めると蜂蜜の濃厚な甘さが脳みそにダイレクトに当たってくる。たぶん大穴産のはちみつだ。
あ、同期率上がりそ。
「あんまりソレを舐めないでね?巨大蜂のだから高いのよ。それに餌も兼ねてるんだから。舐めてる間に私とメリーが仕留めるわ」
「黒瀬、シル、任せてくれたまえ」
青髪の英雄と紫髪の発明家が自信満々にしている。
俺たちに人権はないのか???
適当に穴掘ってそこに入れれば良くね?
「そこまで魔物も馬鹿じゃないでしょ。しっかり餌と認識されてね」
「はあ!おま………おまえ……」
文句の一つも言おうとしたがシルベストに止められた。やけに哀愁を漂わせて首を横に振っている。
「俺たちの負けだ、もう諦めたほうがいい。それに」
「それに?」
「すぐそこまで来ている」
ここ、草原から緑の森外周の方を見ると四つの赤い眼がこちらを見ている。体の全体像は暗くて見えないが目の大きさからしてアフリカゾウより大きいことはわかる。
「なんか……デカくね?」
「シッ!喋るな。転んだフリをして仰向けになれ」
不本意だが社畜精神で言われたことはやる男、石につまづいたふりをして転倒。
足首を挫きましたー。歩けないので仰向けになりますーー。
「フン、フン。グルルルア………」
はちみちの匂いに釣られて森から魔鉄熊達が這い出てくる。
腕は長く爪は鋭い。胴長だが腹周りは特に脂肪と金属で分厚く守られている。
それが二匹も。雌は妊娠しているのか気性が荒いようで雄の鎧に爪で引っ掻いている。
「勘弁してくれよ。あんなのに掴まれたら全身バラバラショーだ」
「一応戦闘準備はしておくぞ。近くまで来たら反撃していいだろう」
だよな!?至近距離まで来ればだいたいなんとかできるだろ!
「グルルルルル……」
のそのそ警戒しながら近づいてくる。だが周りには俺たち2人しかいない。
レフィとメリスは準奇物”透明なガラス布”で隠れている。着ると全身が透明になるという素晴らしい奇物。デメリットとしては音が激しく一歩でも動くと気付かれる点だ。
あと少しのところで雌が癇癪を起こし雄が慌てて駆け寄る。
そして理不尽に当たり散らかされている。悲しい鳴き声が理不尽度合いを物語っている。
「チッ。あと少しのところで……クロセ何している?」
「あん?あいつら肉も好きなんだろ?ならよー、血の匂いでも寄ってくるんじゃあねぇか?」
こっそりとナイフで腕を刺す。血がポタポタと葉っぱを濡らす程度。だが嗅覚も発達している魔鉄熊は反応する。
それはもう興奮しすぎて警戒を疎かにするほど涎を垂らすほどだ。
〈特にアカリであれば尚のこと。我が弱っていると勘違いするであろう〉
2匹の獣が明確にこちらに向かって来ている。
「「グルァ!!!!!!!」」
…………あれ?作戦間違えた?
「クロセ起きろ!迎え撃つ!」
「やっぱりミスったよな!ゴメン!」
「俺が動きを止めるから頼んだ。奇物”白狼の両腕”」
すぐに起き上がり戦闘態勢を取る。
シルベストが地面に手を置きそこを起点として凍らせている。興奮している魔鉄熊は気づかずそこを踏むが全然凍結しない。
「チッ、相性が悪い。2人とも助けてくれないか?」
「わかったよ。私達で片方を受け持つ」
「まあ余裕なんだけどね。あなた達の修行も兼ねてるから1匹は残すわ」
そう言い雄の魔鉄熊はメリスの蛇腹剣でぽいっと離れた位置に投げられた。
重さ数トンはあるあの巨体を。いとも軽く。
位階が上がっているとはいえそこまでの身体能力を獲得できるのか?
「うん。前腕怪力弐号は問題なく機能するね。もう少し出力を強めると熱が問題か。……シルが使うなら問題ないか」
「臨機応変にやるわよ!じゃ頑張ってね〜」
いや、あの、凶暴化している方をやって欲しかったんだけど……。
「クソがァ!うるぽん、カバーよろしく!」
「まかせろ」
ぶっつけ本番だがやるしかない。
「こっちだ!ほら血の匂いだぞ!」
「ガァァァァ!!!!」
よしよし。狙い通りこっちを狙ったな。血の匂いに敏感なのかずっとこっちを見ている。シルベストは一撃を入れるために力を貯めているようだ。
「せーのっ、不壊!!!」
魔鉄熊が振りかぶると同時に『不壊』を発動する。名の通り壊れなくなる能力。
怪我をしなくなるというのは戦闘では非常に重要だ。ただでさえ魔物は凶悪なのが多く手足が欠損するのは日常茶飯事、如何にして消耗少なく倒すかが肝だ。
『不壊』のメリットは明白。
「ボァアア!?」
魔鉄熊の爪はボロボロに破壊され、腕は180度に折れ曲がっている。
そう。体が超硬金属に匹敵する硬さを獲得できる点。相手がより速くより硬くより強いほど強力になるカウンター。初見ならかなりダメージが入る。
「いっっって!!!!!」
代わりにちゃんと俺にもダメージは通ります。痛覚はあるままなのでいたい。だがそれだけの被害で済む。
攻撃してきた魔鉄熊は痛みで悶絶し地面を転がっているのだから。
「シルベスト!」
「おう。ナイスクロセ!」
シルベストは両腕に冷気を纏わせラッシュを叩き込む。
1発1発は大したダメージではなさそうだが問題はない。拳が当たった箇所は霜がつき、しっかり冷気は与えているからだ。
「爆ぜろ凍結氷撃」
最後に拳を分厚い腹に突き立てる。蓄積された冷気が一気に発動し魔鉄熊の全身は凍りつき動きが停止する。ピクリとも動く気配はない。
「ふぅーーー。つっかれた……」
「これで大丈夫なのか?」
「ああ。確実に心臓まで凍らせた。もう動かない」
こっちは終わりだな。あっちはどうだろう……。
「もぐもぐ、ようやく終わった?」
俺たちを見ながら飯を食って観戦していた。
傍には眉間に穴があいている雄の魔鉄熊。全身を覆う魔鉄の鎧には蛇腹剣の跡がハッキリと残っている。
「流石英雄と国級探索者。こうも簡単に倒せるのか」
「拘束からの水を圧縮したレーザーですぐ終わったわ」
奇物の有無が本当に重要だと感じる。レフィはこれに加えて素の身体能力でクラーケンを倒している。
英雄というより化け物では……?
「でもいい連携だったわね。ちゃんと強くなってるじゃない」
「そうか?あんまし実感ないけど」
「ええ。魔鉄熊の攻撃を耐えるのは上級にもいないと思うわよ」
「そうだね。耐えられるのは白姫くらいじゃないかい」
白姫は八重のことである。美人だし戦闘時に髪色が白くなることからつけられた。
「シルも奇物の力をかなり引き出せているね。あとは位階が上がれば国級に推薦できるかな?」
「このままいけば俺もなれるのか。実感が湧かないな」
「まあ先の話だから。しっかりね」
シルベストも出会った時は上級だったが今は特級に上がっている。奇物を元々持っていたから順当に国級までいけるだろう。
アメリカ軍に所属していたとかで銃も近接も出来る。その技術と奇物を組み合わせている最中だ。
「にしても魔鉄熊が草原に来るなんて珍しい。緑の森で栄養が足りないなんてあるのか?森で異常が起きている?」
「青の森のゴブリンが関係している可能性は?」
「それしかないか。まさか緑の森にまで来ているのか?」
メリスが死体を検分している。色々考察しながらノートにメモを取っていく。シルベストはメリスが汚れないように凍らせて補助している。
「なあレフィ」
「どうかしたの?」
こてん、可愛らしく首を動かす。探索者の頂点、人類最強の英雄なら色々知っているはず。
「草原に森の魔物が来ることはよくあるのか?」
「うーん。たまーにあるくらい?でも餌を求めてじゃなくたまたま来ちゃったみたいな感じね」
つまり今回みたいな餌を求めて来るのは前例がないってことか。八重が言っていたゴブリンが関係しているのか?メリスも同じ考えだったし。
「悩んでも仕方ないわ。メリス、シルベスト、クロセ帰還するわよ。後のことは探索協会に任せましょう」
そう言い奇物で死体を運びながらレフィは告げた。
ともかく魔鉄熊の討伐依頼は達成した。不可解な行動はありつつもあとは協会の人員で解明すればいい。
「……?気のせいか?」
「クロセ?忘れ物でもしたの?」
「いやなんでもない。気のせい気のせい」
誰かに見られていたと思ったが思い少しだったようだ。俺よりも位階が高い3人も特に気にした様子はない。レフィから水を出してもらい蜂蜜を洗い流し帰還する。
◇
「うーー?ギャ、死んだ死んだ」
「ほうこく、ほうこくを」
強き生物が弱い猿に負けた、負けてしまった。小さく毛皮も薄いあの生き物に。ゴブリンがいくら集まろうと倒す事ができない存在を、ゴブリンが倒せる存在があっさりと。
「ボスにいう!大事!」
「そう!倒し方を探す!」
全身の肌が青色のゴブリンたち。森の中から双眼鏡で観察していた。
地面にはおびただしい血の跡と探索者のドッグタグが散乱としている。
「もどる。肉ももっていく」
「わかった。ばらばらもってく」
草原のゴブリンと違う点はわかりやすい。ゴブリン達は探索者の着ていた探索服を着用していた。
ブカブカではあるものの行動に支障はなく携帯していた布袋に本来の着用者を詰め込んでいく。
「これ便利。おしえよう」
そうして青の森のゴブリンは帰還する。我らの王、四腕のゴブリンの元へ。




