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118 墜落

 戦況は、もはや一方的だった。

 黒楓会の"影"は全員が実戦慣れした精鋭揃いで、動きに無駄がない。

 加えて、スコートファミリーが誇るロシア派遣部隊も、重装備の火力で容赦なく押し込んでくる。

 対して三河会の者は、まるで波に飲まれるように主導権を奪われ、次々と後退を余儀なくされていた。

 遮蔽物を取る間もなく、じりじりと押し潰されていく。その差は歴然だった。

 やがて――。

 撤退の合図が出たのだろう。

 山道に響き渡っていた銃声が、潮が引くように徐々に途切れ、静寂が戻り始めた。

 戦闘が完全に終わるのを確認すると、矢崎は"影"の中でロシア語を扱える隊員を呼び寄せた。

 「向こうのロシア連中に伝えてくれ。

 ここから市街地までは十五キロほどだ。こっちは現場の後処理に入るから──残りの道のりは自分たちで帰れ、とな」

 "影"の隊員は黙って頷き、派遣部隊の方へ向かっていった。

 矢崎は部下たちへ指示を飛ばし終えると、携帯を取り出し、素早く発信した。

 「……柏さん。こちらの任務、完了しました」

 スピーカー越しに、柏の落ち着いた声が返る。

 『さすが矢崎副隊長。状況は分かりました。

 ……では、またのちほど、よろしく頼むよ』

 「了解ッ」

 電話を切ったあと、矢崎はふっと息を吐き、静かになった山道を見渡した。

 柏とは、同じ黒楓会の若い幹部として肩を並べてきた仲だ。

 本部若中と"影"の副隊長――担当こそ違えど、派手に言葉を交わす間柄でもない。

 それでも、必要な時には互いの一手が自然と噛み合う。

 不思議なものだ、と矢崎は思う。



 スコートファミリーの二台のトラックは、そのまま市街地へ向けて走行を続けていた。

 乗っている傭兵たちも、ここまで来ればもう誰も仕掛けてこないだろうと、わずかに緊張を緩めていた。

 ――その矢先だった。

 前のトラックが、まるで何か鋭いものを踏んだかのように、前輪から嫌な音を立てた。

 バシュッ――!

 次の瞬間、車体が大きく跳ね、前輪が左右に激しくぶれた。

 巨大な車体は制御を失い、路肩のガードレールに火花を散らしながら横滑りする。

 「なんだッ!?」

 「敵襲か!?」

 車内は悲鳴と怒号で一気に混乱に包まれた。

 後続のトラックも異変に気づき、急ブレーキを踏み込んで速度を落とす。

 ――今日は一体、何が起きているんだ。

 ロシア人傭兵たちは、信じられないという表情で前方のトラックを見つめた。

 右は湖に塞がれ、左側と正面から一気に大勢の男たちがなだれ込み、銃を構えて二台のトラックへ容赦なく弾丸を叩き込んだ。

 彼らの装備は、先ほど相手にした連中とは比べものにならないほど充実しており、動きも連携も桁違いに洗練されている。

 その中でひときわ目を引く男がいた。短髪に凜々しい顔立ち、身長は一八〇前後。鍛え上げられた精悍な体つきは、ただ立っているだけで圧を放っている。この男こそ三河会副会長・石澤英樹だ。

 防弾ベストをまとい、サブマシンガンを手に、部下を率いてスコートファミリーの包囲殲滅を指揮している。

 どう見ても、こちらが本物の主力部隊だった。先ほど倒した連中は、所詮捨て駒にすぎない。


 近くに停めた車の中で、白川は戦場全体の動きを静かに見渡していた。

 三河雅の指示によれば、最初の攻撃はあくまで探り、黒楓会がスコートファミリーと手を組んでいないと分かれば、そのまま総戦力を投入し、黒楓会を殲滅して貨物を奪う。

 逆に、本当に手を組んでいた場合は、第一陣を適度に犠牲にしたのち撤退させ、黒楓会とスコートファミリーが二手に散ったあとを狙って本命の奇襲を仕掛ける。

 そうなれば、黒楓会がどれほど釈明しようと、スコートファミリー壊滅という事実だけが独り歩きし、その元凶として黒楓会の名が挙がる。早乙女組もまた、すべてが黒楓会による罠だったと信じ込むだろう。

 もちろん、最初の攻撃に投入されたのは正興会の残党ばかりだった。

 白川は、内心の焦りを抑えきれなくなっていた。

 このままでは、黒楓会の立場がますます不利になる。

 玄野楓に連絡を取ろうと携帯に手を伸ばしかけたものの、車内には自分のほかに石澤英樹の腹心たちもいる。

 彼らは、白川を監視するために残された連中だ。

 少しでも不審な動きを見せれば、何が起こるか分からない。

 「白川さん、何か気になることでも?」

 隣に座っていた男が、白川のわずかな表情の変化に気付き、探るように声を掛けてきた。

 「いや、別に」

 白川は短く答え、視線を戦場へ戻す。

 戦況は膠着しているわけではなかった。

 スコートファミリーの派遣部隊といえど、三河会の完璧な伏撃を受ければひとたまりもない。

 すでに数人が倒れ、部隊は明らかに押されている。

 しかし、そのときだった。

 遠くの道から、二台のワンボックスがこちらへ向かって猛スピードで突っ込んできた。

 「あ、あれは!?」

 隣の男が思わず声を上げた。

 「黒楓会ですね……こんなに早く来るとは」

 白川は即座に無線機を手に取った。

 「石澤さん、前方より黒楓会が接近中です」

 『ふん、来るのが早ぇな。こりゃ今夜は手ぶらで帰るしかねぇか。野郎ども、引くぞ!』

 石澤が部下に撤退を指示した、その瞬間――。

 背後の闇の奥から、複数のエンジン音が轟いた。

 『ま、まさか……?!』

 後方からも黒楓会が接近している。

これで退路は完全に断たれた。

 白川は静かに目を細めた。

 やはり玄野楓は、三河会の動きを読んでいた。そのうえで、スコートファミリーを餌にしつつ、三河会の伏撃のさらに外側へ、包囲網を敷いていたということだ。

 玄野楓、そして三河雅――互いの一手を読み合う、まさに棋敵だ。


 石澤の後方――市街地側から駆けつけてきたのは、黒楓会本部若中の柏航大だった。

 柏たちはあらかじめ市街地に潜ませ、三河会の主力が姿を現した瞬間を待っていた。

 そして今、矢崎と柏による前後からの挟撃が完成する。

 清水が運転する車両は、速度を落とすことなくそのまま三河会の隊列へ突っ込む。回避しきれなかった者たちは、鈍い衝撃音とともに次々とはね飛ばされ、あちこちで悲鳴が上がった。

 三河会が体勢を立て直し、振り向いて反撃に移ろうとしたその瞬間、派遣部隊の傭兵たちが隙を逃さず一斉に掃射を浴びせた。

 瞬時、いくつもの血煙が宙に弾ける。

 傭兵たちの戦闘練度は、実に高い。

 黒楓会の"影"と比べても決して見劣りせず、むしろ互角以上と言っていい。

 道理で、早乙女晋作がこの派遣部隊を欲しがるわけだ。

 二方向から精鋭に挟み込まれ、たとえ"戦鬼"が指揮を執っていようとも、三河会の陣形には明確な綻びが生じ始めていた。

 「ちっ……小賢しい真似を」

 石澤は舌打ちしつつも、迷いのない動きで、二人の傭兵を瞬時に仕留めた。

 ――このままでは、まずい。

 石澤は戦闘の合間に、ほんの一瞬だけ視線を走らせ、白川のいる方向を横目で確認した。

 ――あとは、白川がどう動くかだ。

 一方の白川は、石澤たちが包囲されたのを確認すると、即座に指示を飛ばした。

 「全車両、包囲網へ突入――何としても石澤副会長を救出しろ」

 だが、その動きすらも見越されていた。

 柏はすでに戦力を割き、二台分の人員を白川たちのいる方向へ向かわせ、進路を遮っていた。

 銃撃戦は、映画のように派手で格好いいものではない。

 勝敗は電光火石のうちに決し、気づけばすべてが終わっている。

 いつの間にか、石澤はガードレールの縁まで追い詰められていた。

 左右と正面には派遣部隊と黒楓会の面々が展開し、背後のガードレールの向こうには、十数メートル下へ落ち込む崖と湖が広がっている。

 数十の銃口を向けられながらも、石澤に動揺はなかった。

 彼は銃を構えたまま、人垣の中央に立つ茶髪の青年へと照準を定める。

 「……お前が指揮官か。

 いい現場判断力だ。まさか黒楓会に、こんな人材がいるとはな」

 茶髪の青年は、不敵な笑みを浮かべた。

 「まさか、こんな大物が釣れるとはな。三河会副会長――"戦鬼"石澤英樹」

 石澤は一瞬だけ視線を逸らし、白川のいる方向を見る。

 だが、そこは黒楓会に完全に遮断され、救援が入り込む余地はない。

 再び柏へと視線を戻し、石澤は口角を吊り上げた。

 「小僧。名前を聞かせろ」

 「柏航大。黒楓会本部若中だ」

 「柏航大、か……殺し甲斐がある――」

 その言葉が終わるより早く、石澤は引き金を引こうとした。

 パァン、パァン――。

 乾いた銃声が立て続けに響いた。

 撃たれたのは――柏ではない。

 無数の弾丸が石澤の身体を叩きつける。

 衝撃に弾かれるように体が大きく仰け反り、ガードレールを越え、石澤の姿は湖面へ一直線に落下して、闇の中へと消えた。

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