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描いて読んで  作者: ネコ雲


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8/12

春香さんは私彼氏とデートしたっす

「春香さーん、おはようございますっす!」


 朝一番。


 仕事部屋のドアが勢いよく開いた。


 美心の元気な声が響き、その後ろから咲希が静かに入ってくる。


 「春香先生、おはようございます」


 「おはよう、二人とも」


 春香はパソコンから目を離さず、軽く手を上げた。


 いつもと変わらない朝。


 ――のはずだった。


 「……」


 美心がニヤニヤしている。


 妙に機嫌がいい。


 しかも、何度も春香の方を見てくる。


 チラッ。


 チラッ。


 チラッ。


 「……何?」


 ついに春香が顔を上げた。


 「何がっすか?」


 「さっきから私のこと見てるでしょ」


 「見てないっすよ?」


 「見てる」


 「気のせいっす」


 「……」


 春香は無言で美心を見つめる。


 美心も負けじと笑顔を返す。


 数秒後。


 美心が咲希の隣へ移動した。


 「そういえば咲希ちゃん」


 「はい?」


 「昨日の話なんすけど――」


 「うん」


 「昨日、彼氏とデートしてきたんすよ」


 「そうなんですか?」


 「そうなんすよ!」


 美心の顔が嬉しそうに緩む。


 「街に行って、買い物したり、ご飯食べたりして……」


 「楽しそうですね」


 「それで――」


 美心が少しだけ頬を赤くした。


 「初めて手を握ってくれたんすよ」


 「まあ」


 咲希が微笑む。


 「それは嬉しかったでしょうね」


 「もう、めちゃくちゃドキドキしたっす!」


 「……」


 春香は黙ってペンを動かしていた。


 だが。


 ペン先が一度も紙の上を走っていない。


 美心はそれに気づいている。


 ニヤリ。


 「春香さん」


 「何?」


 「聞いてたっすよね?」


 「聞いてない」


 「絶対聞いてたっす」


 「仕事してるから」


 「昨日、春香さんは何してたんすか?」


 「仕事」


 「一日中?」


 「仕事」


 「寂しいっすね」


 「……」


 春香の眉がピクリと動いた。


 「美心ちゃん」


 「はいっす?」


 「今日の仕事、増やそうか?」


 「ごめんなさいっす!」


 美心が即座に頭を下げた。


 咲希がクスクスと笑う。


 「美心ちゃん、ほどほどにした方がいいですよ」


 「だって春香さん、反応が面白いんすもん」


 「誰のせいだと思ってるのよ……」


 春香はため息を吐く。


 けれど、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。


 「ほら、仕事始めるよ」


 「了解っす!」


 「はい」


 三人がそれぞれの席につく。


 春香がパソコンを操作し、新しい原稿データを開いた。


 「咲希ちゃん」


 「はい」


 「八話、できたから確認してみて」


 「分かりました」


 咲希が原稿を受け取る。


 美心も横から覗き込んだ。


 「今回どんな話なんすか?」


 「今回はね――」


 春香は少しだけ間を置いた。


 「物語の転換点」


 「転換点?」


 「うん」


 春香は原稿へ視線を戻す。


 「今までの話は、スズが孤児院で過ごしてきた時間を描いてきたでしょ?」


 「そうっすね」


 「でも、今日から少し変わる」


 春香が笑う。


 「スズの物語が始まるの」


 「……おお」


 美心が少しだけ真剣な顔になる。


 「じゃあ、八話は重要回なんすね」


 「そう」


 そして春香は、もう一度画面を見た。


 「ここで初めて――漫画のタイトルが出てくるから」


 「タイトル?」


 美心が首を傾げる。


 春香は答えなかった。


 ただ、原稿の一ページ目を開いた。


 そこには――。


 十歳になった少女の姿が描かれていた。


◇◇◇◇◇


 ――十歳。


 私は今日、十歳になった。


 孤児院で暮らし始めてから、五年が経った。


 五年前。


 父を失い、母とも離れ、ひとりで歩き続けた私を助けてくれた人達がいた。


 アランさん。


 そして、一緒に旅をしていた仲間達。


 あの人達と別れる時、私は約束をした。


 ――十歳になって、スキルを覚えたら迎えに来る。


 今日。


 その約束の日が来た。


 「スズ、緊張してる?」


 隣からココが顔を覗き込んでくる。


 「ちょっとだけ」


 「私は全然緊張してないっす!」


 ココは胸を張った。


 けれど。


 「……ココ、さっきから手が震えてるよ」


 「これは武者震いっす!」


 「それ、緊張してるってことじゃない?」


 「違うっす!」


 私が笑うと、ココは頬を膨らませた。


 「スズだって手が震えてるっすよ」


 「……」


 自分の手を見る。


 確かに、少し震えていた。


 「これは……」


 「これは?」


 「武者震い」


 「同じじゃないっすか!」


 「違うよ」


 そんなやり取りをしていると――。


 「二人とも、静かにしなよ」


 クルミが呆れた顔でこちらを見る。


 「神官様が来るよ」


 「はーい」


 私達は姿勢を正した。


 やがて、静かな足音が近づいてくる。


 神官が祭壇の前へ立った。


 今日はスキル授与式。


 この世界では、十歳になると神からスキルを授かる。


 どんなスキルを授かるのか。


 それによって、その人の人生が大きく変わることもある。


 剣士。


 魔法使い。


 商人。


 職人。


 治癒師。


 珍しいスキルを授かれば、それだけで人生の道が決まることさえある。


 私はずっと考えていた。


 ――強くなりたい。


 いつかアランさん達と一緒に旅をするために。


 そして。


 もう二度と、大切な人を守れない自分にはなりたくない。


 父を失ったあの日。


 何もできなかった自分。


 その記憶は、五年経った今でも消えていない。


 だから。


 今度こそ。


 「では、始めます」


 神官の声が響いた。


 最初はココ。


 「はいっす!」


 ココが祭壇へ進む。


 いつもの元気な姿とは違い、少しだけ緊張した顔をしている。


 膝をつく。


 神官が祈りを捧げる。


 すると――。


 淡い光がココの身体を包み込んだ。


 やがて光は消えていく。


 「授与は終了です」


 「……終わり?」


 ココがぽかんとする。


 「はい」


 「思ったよりあっさりっすね」


 「そんなものだよ」


 クルミが苦笑する。


 そして――。


 「次、スズ」


 私の名前が呼ばれた。


 心臓が大きく跳ねる。


 ドクン。


 ドクン。


 さっきまでココと笑っていたのが嘘みたいに、緊張が押し寄せてくる。


 私はゆっくりと祭壇へ向かった。


 膝をつく。


 両手を組む。


 目を閉じる。


 ――お願いします。


 強い力を。


 大切な人を守れる力を。


 神官の声が響く。


 聞いたことのない言葉。


 意味は分からない。


 それでも、その声だけがやけに鮮明に耳へ届いていた。


 次の瞬間。


 身体が熱くなった。


 「……?」


 胸の奥が熱い。


 まるで身体の中へ、何かが流れ込んでくるような感覚。


 淡い光が私を包む。


 そして――。


 消えた。


 「授与は終了です」


 ……終わった。


 私はゆっくり目を開ける。


 何も変わっていない。


 ココの時と同じだった。


 これで終わり。


 そう思った。


 ――その瞬間。


 『あれが今度の主か』


 「……え?」


 頭の中に、声が響いた。


 私は反射的に周囲を見回す。


 神官は何も言っていない。


 クルミもココも喋っていない。


 それなのに。


 聞こえた。


 『弱そうだな』


 『色気がないから、そそられないわね』


 『どうでもいい。とりあえず寝る』


 『こいつは、どんな楽しいことを見せてくれるのか』


 『我の主になるとは、生意気な』


 『今度はこんな小娘が主とはな』


 『僕っちは美味しい物を食べさせてくれるなら誰でもいいや』


 「…………」


 何。


 この人達。


 頭の中で、次々と声が響いてくる。


 男。


 女。


 子供。


 老人。


 声も性格も、全部違う。


 それなのに、全員が私に話しかけている。


 「……うるさい」


 思わず呟いた。


 「スズ?」


 クルミが心配そうに顔を覗き込む。


 「どうしたんすか?」


 ココも首を傾げる。


 「いや……」


 聞こえる。


 まだ聞こえる。


 『おい、主が何か言っているぞ』


 『面白いわね』


 『眠い』


 『早く帰りたい』


 『我を試してみろ』


 「…………」


 私は額を押さえた。


 どう考えても普通じゃない。


 この世界のスキルは、ある程度なら本に載っている。


 私は孤児院の本を何度も読んできた。


 剣術系。


 魔法系。


 身体強化系。


 生活系。


 珍しいスキル。


 伝説と呼ばれるスキル。


 それらについても調べた。


 でも。


 こんなものは知らない。


 私は恐る恐る、自分に授かったスキルの名前を確認した。


 そして――。


 目を見開いた。


 そこに表示されていた名前は。


 『大罪の主』


 「……大罪の主?」


 思わず声に出した。


 「何それ?」


 ココが首を傾げる。


 「私も聞いたことない」


 クルミも不思議そうに表示を覗き込む。


 私自身も知らない。


 だからこそ。


 怖かった。


 その瞬間。


 頭の中から、再び声が響いた。


 『ようやく名前を理解したか』


 「……あなた達、一体何なの?」


 今度ははっきり問いかけた。


 返事はない。


 静寂。


 そう思った直後。


 ――クスクス。


 誰かが笑った。


 背筋がぞくりとする。


 ただのスキルじゃない。


 私の中にいる何か。


 それだけは分かった。


 そして。


 この日。


 私が授かったスキル。


 『大罪の主』


 それが、私の人生を大きく変えることになる。


◇◇◇◇◇


 「…………」


 美心が原稿を読み終えた。


 さっきまでの笑顔が消えている。


 咲希も最後のページをじっと見つめていた。


 春香は二人の反応を待つ。


 「……春香さん」


 「何?」


 「これ……」


 美心が原稿を指差した。


 「めちゃくちゃ気になるところで終わってるっす」


 「そう?」


 「そうっすよ!」


 美心が勢いよく顔を上げる。


 「大罪の主って何なんすか?」


 「秘密」


 「じゃあ、頭の中の声は?」


 「秘密」


 「この先どうなるんすか?」


 「秘密」


 「全部秘密じゃないっすか!」


 春香は楽しそうに笑った。


 咲希はもう一度、最後のページを見る。


 そこに大きく描かれている文字。


 ――『大罪の主』。


 「春香先生」


 「うん?」


 「タイトルって……これですよね?」


 春香は頷いた。


 「そう」


 美心が目を丸くする。


 「じゃあ……」


 春香は静かに笑った。


 「ここから、この漫画の本当の物語が始まるの」

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