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描いて読んで  作者: ネコ雲


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6/12

美心ちゃん汗拭いてね

「春香さ~ん、ジュース飲みたいっす」


 仕事が始まって早々、美心が甘えた声を出した。


 しかし春香はパソコンの画面から目を離さない。


「…………」


「春香さ~ん?」


「…………」


「ジュース飲みたいっす」


 それでも春香は振り向かない。


 すると――


 スッ。


 春香の手だけがポケットへ伸びた。


 千円札を一枚取り出す。


「私、コーラ」


「え?」


 美心が目を丸くする。


「買ってきて」


 続いて咲希も便乗する。


「私はカルピスお願いします」


「二人とも自分で買いに行けばいいじゃないっすか!」


「美心ちゃん、お願い」


「私もお願い」


 二人に見つめられ、美心はしばらく考え込んだ。


 そして――


「仕方ないっすね! 買ってくるっす!」


 元気よく千円札を受け取り、部屋を飛び出していった。


 バタン。


 ドアが閉まる。


 静かになった仕事部屋で、春香と咲希は顔を見合わせた。


「……行ったね」


「行きましたね」


「計画通り」


「計画通りですね」


 二人は小さく笑った。


 今日は暑い。


 しかも運の悪いことに、朝からエアコンが壊れている。


 窓を開けても、生ぬるい風しか入ってこない。


「暑いなぁ……」


 春香が団扇で顔を扇ぐ。


「今日は美心ちゃん、絶対ジュースを欲しがると思ったんだよね」


「だから千円札を用意していたんですね」


「そう。自分で買いに行くのは面倒だから」


「そこまで計算していたんですか……」


 咲希が呆れたように笑う。


「ちなみに咲希ちゃんも共犯だからね」


「はい。もちろんです」


 咲希は涼しい顔で答えた。


「じゃあ、美心ちゃんが帰ってくるまでに六話を読んじゃおうか」


「はい」


 二人は原稿へ視線を落とした。


◇◇◇◇◇


 夜。


 孤児院の中は、いつもより静かだった。


 夕方になっても、ココは帰ってこなかった。


 クルミは何度も窓の外を見る。


 玄関を見る。


 そして、また窓を見る。


 落ち着かない。


「……まだ帰ってこないね」


 スズが声をかける。


「そのうち帰ってくるよ」


 クルミは素っ気なく答えた。


「ココ、怒ってたから心配だよ」


「大丈夫」


「クルミちゃんは心配じゃないの?」


「……別に」


 そう答えながらも、クルミは落ち着かない。


 スズには分かっていた。


 本当は心配で仕方がないのだ。


 けれど、自分から「探しに行きたい」と言うのは、なんとなく悔しいのだろう。


 やがて夕食の時間になった。


「みんな、ご飯にしましょう」


 シスターがいつもと変わらない明るい声を出す。


 しかし、食卓に集まった子供達の表情は暗かった。


「……ココ、帰ってくるよね?」


 七歳のカインが不安そうに尋ねる。


「大丈夫よ。ココはきっと帰ってくるわ」


 シスターは優しく答えた。


 けれど、その笑顔にも心配が滲んでいる。


 食卓には、ココの分の料理も用意されていた。


 誰も、その料理に手をつけようとはしなかった。


「ココ、これ好きだったのにね」


 チハルが小さく呟く。


「……うん」


 スズは頷いた。


 昼間は、あんなに元気だった。


 笑って、騒いで、クルミと喧嘩して。


 それなのに今は、ココがいない。


 それだけで、食卓がこんなにも寂しく感じる。


 クルミは黙ったまま、自分の皿を見つめていた。


「クルミちゃん……」


「……ごめん」


「え?」


「私のせいだと思う」


 クルミが俯く。


「私があんな勝負なんてしなければ……」


「クルミちゃんのせいじゃないよ」


 スズはすぐに答えた。


「ココも、きっとクルミちゃんに謝りたいと思ってるよ」


「……そうかな」


「うん」


 スズは笑った。


「だって、ココだもん」


 クルミの表情が少しだけ和らいだ。


 しかし――


 夕食が終わっても、ココは帰ってこなかった。


 夜はどんどん深くなっていく。


 子供達が一人、また一人と部屋へ戻っていく。


 それでもクルミは玄関を気にしていた。


 そして――


 皆が寝静まった頃。


 クルミは静かに立ち上がった。


 そっと玄関へ向かう。


「クルミ」


「……!」


 後ろから声がした。


 振り返ると、スズが立っていた。


「起きてたの?」


「うん」


 クルミは少し迷ってから口を開く。


「……ココを探しに行くの」


 スズは頷いた。


「私も行く」


「ダメ」


「どうして?」


「危ないから」


「クルミだって危ないよ」


「私は一人で行く」


「じゃあ私も勝手について行く」


 スズがニコッと笑う。


「…………」


 クルミは困ったようにスズを見る。


 そして、小さく息を吐いた。


「……分かった」


 二人は音を立てないように孤児院を出た。


 外へ出ると、夜の空気が肌に触れる。


 昼間とは違い、辺りは真っ暗だった。


 遠くから、魔物の鳴き声らしきものまで聞こえてくる。


 スズは少し怖くなった。


 それでも、クルミの隣を離れなかった。


「クルミ、どこを探すの?」


「畑」


「畑?」


「うん」


 クルミは迷いなく歩いていく。


「ココは、ああ見えて寂しがり屋だから」


「……うん」


「本当に遠くまで行く勇気なんてないと思う」


 その言葉には、ココのことをよく知っている姉のような優しさがあった。


 二人は畑へ向かった。


 月明かりに照らされた畑では、野菜の葉が風に揺れている。


「……ココ?」


 スズが小さな声で呼ぶ。


「…………」


 返事はない。


「いないのかな」


「もう少し探そう」


 二人で畑の奥へ進む。


 すると――


「……ひっく……」


 小さな泣き声が聞こえた。


「今の……」


「ココ!」


 二人が声のする方へ走る。


 すると畑の隅に、小さな人影があった。


「……いた」


 ココだった。


 しゃがみ込み、トマトを抱えて泣いている。


 スズは思わず胸を撫で下ろした。


 無事だった。


 それだけで力が抜けそうになる。


 クルミも同じだった。


 すぐにココの前まで走っていく。


「ココ!」


 ココが顔を上げる。


「……クルミちゃん」


「心配したんだよ!」


 クルミの声は怒っているように聞こえた。


 けれど、その声は震えていた。


「……」


 ココはプイッと顔を背ける。


「クルミちゃんなんて嫌い」


 クルミの表情が曇る。


 それでも、言い返さなかった。


「……ごめん」


「…………」


「無理やりゴーヤを食べさせようとして、ごめん」


「……」


「痛くして、ごめんね」


 クルミは何度も謝った。


 ココはまだそっぽを向いている。


 そこでスズが口を開いた。


「ココ」


「何っすか……」


「ココが『嫌い』って言ったら、クルミちゃん悲しいよ」


「…………」


「クルミちゃんも、ココが帰ってこないからずっと心配してた」


 ココが少しだけクルミを見る。


「……本当に?」


「本当だよ」


 クルミが答える。


「ずっと玄関を見てた」


「…………」


「ご飯も、ココが帰ってくるまで食べたくなかった」


 ココの目に、再び涙が浮かぶ。


「……お腹空いた」


「そこ!?」


 スズが思わず声を上げる。


 クルミも一瞬呆れた顔をした。


 けれど――


「……帰ろう」


「うん」


 クルミが手を差し出す。


 ココは少し迷ったあと、その手を握った。


「クルミちゃん」


「何?」


「手、まだ痛いっす」


「帰ったら治療してあげる」


「ご飯も食べさせてほしいっす」


「自分で食べなよ」


「嫌っす」


「もう……」


 クルミは呆れたように笑った。


 スズも笑う。


 三人で並んで歩く。


 さっきまでの重苦しい空気が、少しずつ消えていく。


 夜空には、たくさんの星が輝いていた。


 スズは二人の手を見る。


 クルミとココ。


 二人とも、自分にとって大切な家族だ。


 だから――


「二人とも無事で良かった」


 スズは小さく呟いた。


「……うん」


「良かったっす!」


 三人の声が、静かな夜道に響いた。


◇◇◇◇◇


「…………」


 春香は原稿を読み終え、ゆっくりとペンを置いた。


「六話、ここまで」


 咲希も原稿から顔を上げる。


「ココちゃん、無事で良かったですね」


「うん」


「クルミちゃんも、ちゃんと謝れて良かったです」


「喧嘩って、勝ち負けを決めても解決しないからね」


 春香が原稿を閉じる。


「ちゃんと相手の気持ちを考えて謝ることが大事なんだよ」


「そうですね」


 そのとき――


 ガチャッ。


「ただいまっす……」


 ドアが開いた。


 二人が振り返る。


「おかえり、美心ちゃん」


「…………」


 美心の顔は完全に疲れ切っていた。


 髪は汗で張り付き、額から汗が流れている。


「美心ちゃん、凄い汗だね」


「外、暑すぎるっす……」


「ちゃんと汗拭いてからこっち来てね」


「乙女に対して酷いっす!」


「いや、ほんとに汗凄いから」


「私、頑張って買ってきたんすよ?」


「ありがとう」


 春香が笑う。


「だから、ちゃんと汗を拭いてね」


「結局それっすか!」


 美心は頬を膨らませながら、持っていた袋を机に置く。


「はい。コーラとカルピスっす」


「ありがとう」


 春香がコーラを受け取る。


「咲希ちゃんもどうぞ」


「ありがとうございます」


 咲希がカルピスを受け取る。


「……で、美心ちゃん」


「はいっす?」


「汗」


「まだ言うっすか!?」


 三人の笑い声が仕事部屋に響いた。

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