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描いて読んで  作者: ネコ雲


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4/13

春香は甘党

「やったー! 三話の原稿終わったっす!」


 仕事部屋に、美心の声が響いた。


 大きく伸びをした美心は、椅子から立ち上がると両腕を上へ伸ばす。


「お疲れ様。じゃあ、一旦お昼にしよっか」


 春香もペンを置き、凝り固まった肩を回した。


「今日は何作ったんすか?」


「うどん」


「おっ!」


 美心の目が輝く。


「春香さんの手料理っすね!」


「そうよ。今日は自信作だから」


 その言葉を聞いた瞬間、美心の表情がほんの少しだけ固まった。


 春香の料理。


 美心は、これまで何度も食べたことがある。


 そして、そのたびに思っていた。


 ――甘い。


 とにかく甘い。


 春香は甘い味付けが好きなのだ。


 煮物も甘い。


 卵焼きも甘い。


 カレーまで、なぜか甘い。


 以前、美心が、


『これは料理じゃなくて、お菓子っす』


 と言ったところ、本気で春香が拗ねたこともある。


(今日こそ言うっす)


 美心は密かに決意した。


(春香さんには悪いけど、料理は料理っす。ちゃんと美味しくしてほしいっす)


 三人でテーブルを囲む。


「いただきます」


「いただきます」


「いただきまーす!」


 美心は恐る恐る箸を伸ばした。


 うどんを一口。


 もぐもぐ。


(……やっぱり甘い)


 予想通りだった。


 むしろ以前より甘い気がする。


 春香が期待に満ちた目で美心を見る。


「どう?」


「……」


「どう?」


「……春香さん」


「うん」


「言っていいっすか?」


「何?」


「このうどん、美味しくないっす」


「…………」


 春香の笑顔が止まった。


「甘すぎっす」


「甘い方が美味しいじゃん」


「限度があるっす」


「美心ちゃん、せっかく作ったのに……」


 春香が頬を膨らませる。


「いや、まずいと言ってる訳じゃないっすよ」


「美味しくないって言ったじゃん」


「味の方向性が間違ってるだけっす!」


「同じじゃない?」


「違うっす!」


 咲希は二人のやり取りを見ながら、静かにうどんを食べ続けている。


「咲希ちゃんはどう思う?」


 春香が助けを求めるように尋ねた。


「……少し甘いですね」


「咲希ちゃんまで!」


「でも、食べられないほどではないですよ」


「ほら!」


「春香先生、今のはフォローです」


「……」


 春香が箸を置く。


「じゃあ、文句があるなら今度は美心ちゃんが作ってよ」


「いいっすよ」


 美心は即答した。


「私、料理得意っすから」


「言ったわね?」


「言ったっす」


 二人の間に、見えない火花が散る。


 咲希は小さくため息をついた。


「……昼ご飯で勝負しないでください」


◇◇◇◇◇


 昼食を終えると、三人は再び仕事へ戻った。


「じゃあ、美心ちゃんは咲希ちゃんがネームにした四話を確認してから作業に入ってね」


「了解っす!」


 美心が原稿を手に取る。


「今回はどんな話なんすか?」


「読んでからのお楽しみ」


「またココが出てくるっすか?」


「もちろん」


 春香がニヤリと笑う。


「……なんか嫌な予感がするっす」


 美心は疑いの目を向けた。


◇◇◇◇◇


 テンノオクニ、ポンポコ領。


 孤児院では、今日も朝から子供達の声が響いていた。


「ココ! そこ、水かけすぎ!」


「これくらい水があった方が綺麗になるっす!」


 床掃除をしているココが、勢いよく雑巾を振り回す。


 そのたびに水が飛び散り、床はどんどん水浸しになっていく。


「綺麗になるどころか、びしょびしょじゃん!」


 クルミが慌てて止めに入る。


「大丈夫っす!」


「何が大丈夫なの!」


「床がいっぱい濡れてるっす!」


「それを水浸しって言うの!」


「そういうことだったんすね!」


「今分かったの!?」


 私は二人のやり取りを眺めながら、黙って雑巾を絞った。


 ……確かに。


 ココが掃除した場所だけ、なぜか湖みたいになっている。


「クルミ」


「何?」


「私達、掃除する場所増えてない?」


「……増えてるね」


「やっぱり」


「ココ!」


「はいっす!」


「もう触らないで!」


「分かったっす!」


 ココは素直に返事をする。


 その数秒後。


「ココ! そこ触らない!」


「ごめんっす!」


 孤児院には、今日も笑い声が響いていた。


 掃除が終わる頃には、私もクルミもすっかり疲れていた。


 けれど、ココだけは元気いっぱいだ。


「お腹空いたっす!」


「ココは何もしてないでしょ」


「いっぱい動いたっすよ!」


「水を撒いてただけじゃん」


「それも掃除っす!」


 私は思わず笑ってしまった。


 この三人でいると、本当に飽きない。


 クルミはしっかり者。


 ココは元気で、少し……いや、かなり抜けている。


 そして私は、そんな二人と一緒に毎日を過ごしている。


 私達を三姉妹に例えるなら――。


 長女がクルミ。


 次女が私。


 三女がココ。


 そんな気がしていた。


「ねぇ、午後は何する?」


 クルミが聞いてくる。


「私は何でもいいよ」


「私は決まってるっす!」


 ココが勢いよく手を挙げた。


「魚釣り!」


「川に行くの?」


「行きたいっす!」


 私は少し考えてから頷いた。


「私、釣りやったことない」


「じゃあ、スズちゃんに教えてあげるっす!」


「ココが?」


 クルミが怪訝そうな顔をする。


「……何でそんな顔するっすか?」


「いや、ココが教えるの?」


「任せるっす!」


 自信満々のココ。


 その顔を見て、私は少し不安になった。


◇◇◇◇◇


 午後。


 三人で川へ向かった。


 町から少し離れた場所にある川は、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。


 水の流れる音。


 鳥の鳴き声。


 木々の葉が風に揺れる音。


 孤児院の中とは違う、穏やかな空気が流れていた。


「気持ちいいね」


「うん」


「魚いっぱい釣るっすよ!」


 ココが木で作った簡単な竿を掲げる。


「今日は魚をいっぱい釣って、シスターに美味しい料理を作ってもらおう!」


「それなら頑張らないとね」


「ココが一番張り切ってるけど、釣った魚を持って帰れるのかな」


「大丈夫っす!」


 ココが胸を張る。


 私達は川辺に座り、それぞれ釣り糸を垂らした。


 初めての釣り。


 私は水面をじっと見つめる。


 しばらくして――。


「……」


「……」


「……」


 三人とも無言だった。


 魚は来ない。


「まだかな」


「まだだね」


「……」


 ココがそわそわし始める。


「ココ?」


「魚来たっす!」


「えっ?」


 突然、ココが叫んだ。


 竿が大きく曲がっている。


「本当に来た!」


「凄い!」


 魚が水の中で暴れている。


「これは大物っす!」


 ココが必死に竿を引く。


「ココ、無理しないで!」


「大丈夫っす!」


 竿がさらに大きくしなる。


「ヤバいっす!」


「折れる?」


「折れるっす!」


 ココは突然、私に竿を押し付けた。


「スズ、持ってて!」


「え?」


 反射的に竿を受け取る。


「ココ?」


「直接捕まえるっす!」


「えっ?」


 次の瞬間――。


 ドボン!


「ココ!」


 川へ飛び込んだ。


 大きな水しぶきが上がる。


「何やってるの!」


 クルミが叫ぶ。


「大丈夫っす!」


 ……と思った。


「…………」


「ココ?」


「…………」


 ココの頭が水面から出たり、沈んだりしている。


「助けてっす!」


「やっぱり!」


 クルミが慌てて川へ入り、ココの腕を掴む。


「深いって分からなかったの!?」


「魚しか見てなかったっす!」


「普通は深さを見るの!」


「ごめんっす!」


 私は二人を見ながら、竿を握ったまま固まっていた。


 魚はまだ逃げていない。


「スズ!」


「え?」


「竿!」


「あっ!」


 私は慌てて竿を引く。


 クルミがココを岸へ引き上げる。


 三人で力を合わせる。


「せーの!」


「「「えいっ!」」」


 バシャッ!


 水面から魚が飛び出した。


「やった!」


 魚が地面で跳ねている。


「釣れた!」


 私達三人は顔を見合わせる。


 そして――。


「やったー!」


 思わず三人で抱き合った。


「私達、凄いね!」


「うん!」


「ココが川に飛び込まなかったら、もっと格好良かったけどね」


「そこは忘れてほしいっす!」


 三人で笑った。


 結局、その日は何匹か魚を釣ることができた。


 帰り道。


 ココは満足そうに魚の入った袋を抱えている。


「シスター、喜んでくれるかな?」


「きっと喜ぶよ」


「じゃあ今日はご馳走っす!」


 ココが嬉しそうに笑う。


 クルミもそんなココを見て微笑んだ。


 私も二人を見ながら笑う。


 ――こんな日々がずっと続けばいい。


 あの時の私は、本気でそう思っていた。


◇◇◇◇◇


 孤児院に戻ると、シスターが魚を見て驚いた。


「あら、こんなにたくさん?」


「三人で釣ったっす!」


「ココが川に飛び込んだけどね」


「クルミ!」


「本当なの?」


 シスターが驚いた顔をする。


「……ちょっとだけっす」


「もう、危ないことをしちゃ駄目よ」


「はいっす」


 ココがしょんぼりする。


 そんなココの頭を、シスターが優しく撫でた。


「でも、三人で頑張って釣ったのね。偉いわ」


「えへへ」


 ココの顔が一瞬で明るくなる。


 その夜。


 私達が釣った魚は、シスターが香草焼きにしてくれた。


「美味しい!」


「最高っす!」


「本当に美味しいね」


 皆で食卓を囲みながら、今日あった出来事を話す。


 ココが川に飛び込んだところでは、皆が大笑いした。


 ココは恥ずかしそうに頬を膨らませている。


 私はそんな光景を眺めながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。


 ここには、家族がいる。


 シスターがいて。


 クルミがいて。


 ココがいて。


 他にもたくさんの子供達がいる。


 私が失ったものは、まだ心の奥に残っている。


 時々、夜になるとお父さんとお母さんを思い出してしまう。


 でも――。


 今は一人じゃない。


 だから私は、明日も笑える。


◇◇◇◇◇


「…………」


 美心が原稿を読み終えた。


「春香さん」


「何?」


「このココってキャラ、私への悪意を感じるっす」


「そんなことないよ」


 春香は真顔で答えた。


「美心ちゃんにそっくりなだけ」


「それが悪意っす!」


 美心が机をバンッと叩く。


「川に飛び込んで溺れるって何なんすか!」


「美心ちゃんも似たようなことするじゃん」


「しないっす!」


「前に仕事中、椅子に座ったまま寝落ちして転びそうになってたじゃん」


「あれは違うっす!」


 咲希が原稿を見ながら、くすっと笑った。


「でもココ、可愛いですよ」


「ほら!」


 春香が得意げに胸を張る。


「咲希ちゃん、もっと言ってやって」


「元気で、明るくて、ちょっとドジで……」


「ほらほら」


「美心ちゃんそのものですね」


「咲希ちゃんまで!」


 三人の笑い声が仕事部屋に響く。


 美心は頬を膨らませながら原稿を抱えた。


「もう知らないっす!」


 そう言いながらも、口元には笑みが浮かんでいた。


 春香はそんな美心を見て、楽しそうに笑う。


「さて、四話も完成ね」


「次は五話っすね」


「そうだね」


「今度こそ私が格好いいキャラになるっす!」


「……」


「何で二人とも黙るんすか!?」


 再び、仕事部屋に笑い声が響いた。

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