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描いて読んで  作者: ネコ雲


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2/13

誰でしょうか?

一話目の原稿を読み終えた美心と咲希は、しばらく黙っていた。


 春香が描いた異世界漫画。


 物語は始まったばかりだというのに、主人公スズの両親が襲撃に巻き込まれ、スズ自身も魔物に襲われる。


 そこから命からがら逃げ延び、傭兵たちに助けられる。


 怒涛の展開だった。


「春香さん」


「なに?」


「いきなり主人公の両親を死なせるの、なかなかエグいっすね」


「そう?」


「そうですよ」


 美心は真顔で原稿を指差した。


「しかも最後は綺麗なお姉さんに拾われて終わり。読者の感情をジェットコースターに乗せる気っすか?」


「そのくらいの方が、続きが気になるでしょ」


 春香は悪びれる様子もなく笑った。


 その隣では、咲希が一話目の原稿をもう一度読み返している。


「私は結構好きですよ」


「本当?」


「はい。スズちゃんが、この先どうなるのか気になります」


「さすが咲希ちゃん。分かってるね」


 春香が嬉しそうに頷く。


 すると、咲希が一枚の原稿を指差した。


「でも先生」


「ん?」


「ゴンズさんが熊って言われるところ、結構好きです」


「でしょ?」


 春香の顔がぱっと明るくなる。


「じゃあ、二話目も読んでみて」


「了解っす」


「はい」


 二人は二話目の原稿へ視線を落とした。


◇◇◇◇◇


 朝。


 夜が明ける少し前から、私は目を覚ましていた。


 目を開ける。


 知らない天井。


 ここがどこなのか、一瞬だけ分からなかった。


 けれど――。


 昨日の出来事が、頭の中に蘇ってくる。


 馬車。


 お父さん。


 お母さん。


 血。


 ゴブリン。


 思い出した瞬間、胸の奥が強く締め付けられた。


 私は布団の端を握りしめる。


 泣きたくなる。


 でも、泣いてはいけない。


 昨日、たくさん泣いた。


 泣いて、泣いて、泣き疲れて。


 それでも――。


 お父さんも、お母さんも帰ってこなかった。


「……お父さん」


 小さく呟く。


 返事はない。


 分かっている。


 それでも、もう一度だけ。


「お母さん……」


 目の奥が熱くなる。


 私は慌てて目を擦った。


 その時だった。


「スズ、おはよう」


 テントの外から声が聞こえた。


 私は涙を拭い、ゆっくりと外へ出る。


「お嬢ちゃん、おはよう」


 焚き火のそばには、アランさんとゴンズさんが座っていた。


「おはようございます、アランさん。ゴンズさん」


 笑顔を作る。


 ちゃんと笑えているだろうか。


 自分では分からない。


 ただ、二人が一瞬だけ目を見開いた。


 そして、少し悲しそうな顔をする。


 理由は分かっていた。


 目が痛い。


 昨日、泣きすぎたから。


「よく眠れたか?」


 アランさんが優しく尋ねる。


「はい」


 私は嘘をついた。


 ほとんど眠れていない。


 目を閉じるたび、昨日の光景が浮かんできたからだ。


 アランさんは何も聞かなかった。


 ただ――。


 ぽん。


 優しく私の頭を撫でた。


「そうか」


 それだけ。


 でも、その一言が今はありがたかった。


 何も聞かれたくなかった。


 昨日のことを話したら、また泣いてしまいそうだったから。


 少し離れた場所では、ユウさんがこちらを見ていた。


 目が合うと、優しく微笑んでくれる。


 その笑顔を見るだけで、ほんの少し心が落ち着いた。


 やがて朝食を終えると、皆が出発の準備を始めた。


 テントを畳む。


 荷物をまとめる。


 馬の状態を確認する。


 誰も慌てていない。


 昨日、あれだけの魔物を相手にした人たちとは思えないほど、いつも通りだった。


 この人たちは、いったい何者なんだろう。


「スズ、準備できたぞ」


 アランさんに声をかけられ、私は我に返った。


「はい!」


 皆が馬に乗り始める。


 すると――。


「お嬢ちゃん」


 ゴンズさんが手を差し出した。


「俺の馬に乗るか?」


 私はゴンズさんを見る。


 大きな身体。


 太い腕。


 そして――昨日、熊と間違えた顔。


「…………」


 私は何も言わず、そっとゴンズさんから視線を逸らした。


「おいおい!」


 ゴンズさんが驚く。


 私はそのままユウさんのところへ歩いていった。


「ユウさん」


「どうしたの?」


「乗るなら、ユウさんの馬がいい」


 上目遣いでお願いすると、ユウさんは嬉しそうに笑った。


「もちろんいいわよ。一緒に乗りましょう」


「やった」


 ユウさんが手を差し出してくれる。


 私はその手を握った。


 それだけで、昨日から胸の奥にあった不安が少し薄くなった。


「ゴンズ、残念だったな」


 アランさんが笑う。


「お嬢ちゃんに完全に嫌われたじゃねぇか」


「嫌われてないですよ!」


 思わず言い返してしまった。


「じゃあ俺の馬に――」


「でもユウさんがいいです」


「やっぱり嫌われてるじゃねぇか!」


 周囲から笑い声が起こる。


 私も――。


 ふふっ。


 小さく笑っていた。


 久しぶりに、自然に笑えた気がした。


 ユウさんに抱き上げてもらい、馬の前に座る。


 背中から伝わってくる温かさ。


 馬がゆっくり歩き始める。


 規則的な揺れに身体を預けながら、私はふと疑問に思った。


「ユウさん」


「なに?」


「ユウさん達って、冒険者なんですか?」


「違うわよ」


「じゃあ、何なんですか?」


「私達は傭兵よ」


「ようへい……?」


 聞いたことのない言葉だった。


「傭兵っていうのはね。国や領主から依頼を受けて戦ったり、魔物を討伐したりする仕事をしている人たちのことよ」


「じゃあ、皆強いんですか?」


「それなりにはね」


 ユウさんが笑う。


 それなり。


 そんな言葉で済ませているけれど、昨日の戦いを見れば分かる。


 皆、とても強かった。


 ゴブリンなんて、まるで相手になっていなかった。


「今からどこへ行くんですか?」


「私達のホームよ」


「ホーム?」


「タツノ共和国っていう国にあるの」


「タツノ共和国……」


 知らない国。


 知らない町。


 これから私が行く場所。


 少しだけ不安になる。


 けれど――。


「私も一緒に行っていいですか?」


 気付けば、口にしていた。


 ユウさんが驚いたように私を見る。


 そして、少し困ったようにアランさんへ視線を向けた。


 アランさんが馬を寄せてくる。


「スズ」


「はい」


「悪いが、一緒には行けない」


 胸の奥がズキッと痛んだ。


「……どうしてですか?」


「俺達の仕事は危険なんだ。スズを連れて行ったら、守りながら戦わなきゃならない」


「私、邪魔しません」


「そういう問題じゃない」


 アランさんは真剣な顔をしていた。


「スズを危険な目に遭わせたくないんだ」


 その言葉を聞いて、私は黙った。


 邪魔だからじゃない。


 嫌われたわけでもない。


 ただ――。


 心配してくれている。


 そう分かった。


「……分かりました」


 寂しい。


 昨日会ったばかりなのに。


 私はもう、この人たちと離れたくなくなっていた。


 そんな私を見て、アランさんが少し考える。


「じゃあ、約束しよう」


「約束?」


「ああ」


 アランさんが私を見る。


「スズが十歳になって、スキルを授かった時だ」


「はい」


「その時に、まだ俺達と一緒に行きたいと思っていたら――迎えに行く」


「……本当ですか?」


「ああ。本当だ」


 胸の奥が、一気に明るくなった。


「じゃあ、私も強くなります!」


 アランさんが笑う。


「そうだな。自分の身くらい守れるようになっておけ」


「はい!」


 私は力いっぱい頷いた。


 五年後。


 私は十歳になる。


 その時までに強くなる。


 そして――。


 もう一度、この人たちに会う。


 それが、今の私にできた新しい目標だった。


◇◇◇◇◇


 それからしばらく馬を走らせ――。


 私達はテンノオクニという国にある、ポンポコ領へ入った。


 やがて、小さな建物が見えてくる。


「あそこが孤児院よ」


 ユウさんが教えてくれた。


 建物の周囲には畑があり、何人もの子供たちが走り回っている。


 私と同じくらいの年齢の子もいた。


「ここで暮らすの?」


「そうよ」


 馬から降りる。


 少し緊張した。


 知らない場所。


 知らない人。


 それでも、ここで暮らしていかなければならない。


 アランさんたちがシスターに事情を説明する。


 シスターは私を見ると、優しく微笑んだ。


「今日からここがあなたのお家よ」


「……はい」


 その言葉を聞いた瞬間、胸が苦しくなった。


 お父さんも、お母さんもいない。


 帰る家もない。


 それでも、この人は私を受け入れてくれる。


「よろしくお願いします」


 私は深く頭を下げた。


「こちらこそよろしくね、スズ」


 シスターが私の頭を撫でる。


 優しい手だった。


 また涙が出そうになる。


 でも――。


 今日は泣かない。


 アランさんたちの前では笑っていたい。


 私は振り返った。


「アランさん」


「ん?」


「ありがとうございました」


 深く頭を下げる。


 すると、ユウさんが私を抱きしめてくれた。


「また会いましょうね」


「はい」


 ゴンズさんも近づいてくる。


「じゃあな、お嬢ちゃん」


 大きな手が私の頭に乗る。


「五年後には、もっと大きくなってるんだろうな」


「はい!」


 私は笑った。


 三人が馬に乗る。


 皆がこちらに手を振っている。


 私も力いっぱい手を振り返した。


「ありがとうございました!」


 馬が少しずつ遠ざかっていく。


「五年後にまた会いましょう!」


 念を押すように叫ぶ。


 アランさんが、前を向いたまま拳を上げた。


 それだけで十分だった。


 きっと約束を覚えていてくれる。


 私は小さくなっていく背中を、いつまでも見つめ続けた。


 そして――。


 心の中で誓う。


 五年後。


 その時には、今よりずっと強くなっておく。


 もう、誰かに守ってもらうだけの自分ではない。


 自分のことくらい、自分で守れるようになる。


「スズちゃん」


 シスターに呼ばれる。


 私は振り返った。


「はい!」


 新しい生活が始まる。


 五年後の再会を胸に抱きながら、私は孤児院の中へ歩いていった。


◇◇◇◇◇


 原稿を読み終えた美心が、顔を上げた。


「なるほど」


「どう?」


 春香がニヤニヤしながら聞く。


「春香さん、今回は結構いい話っすね」


「今回はって何よ」


「一話目は両親死んでるっすから」


「…………」


 春香が少しだけ目を逸らした。


「それで?」


「このキャラ達、誰を参考にしてるんすか?」


「そこに気付いた?」


「もちろんっす」


 美心が腕を組み、考え始める。


「ユウは……あの作品に出てくる、兎が好きなエルフっすよね?」


「正解」


「アランは某アニメのイケメンカフェ店員」


「正解」


「どうっすか、私の推理力!」


「まあまあね」


「なんで上から目線なんすか!」


 美心が抗議する。


 咲希は、そんな二人を見ながら小さく笑っていた。


「あと一人、ゴンズさんは分かりました?」


「うーん……」


 美心が眉間に皺を寄せる。


「分からないっす」


「ゴンズは熊」


「熊?」


「そう。ただの熊」


「そんなの分かるわけないっすよ!」


 美心が地団駄を踏む。


 春香は満足そうに笑った。


「ふふふ」


「春香さん、絶対それがやりたかっただけっすよね?」


「何のことかな?」


 美心は納得できない顔をしながら、もう一度原稿を見る。


「じゃあ、スズちゃんは誰がモデルなんすか?」


 春香は少しだけ考える。


「白髪美少女」


「いや、それ見れば分かるっす!」


「そう?」


「誰を参考にしたんすか!」


 美心が春香の肩を揺さぶる。


 春香は楽しそうに笑った。


「ひ・み・つ」


「教えてくださいっす!」


「まだ秘密」


 そんな二人のやり取りを眺めながら、咲希は完成した原稿へ視線を戻す。


 物語は、まだ始まったばかり。


 スズの五年間が、これから始まろうとしていた。

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