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描いて読んで  作者: ネコ雲


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1/12

さぁ~やるわよ

拙い文章を修正して再投稿します。

他の作品も修正して随時投稿していきます。

プルルルル――。


 静かなマンションの一室に、携帯電話の着信音が響いた。


 部屋の中には、何枚もの原稿用紙が広げられている。


 その一枚一枚には、剣を握る少女。


 魔物と戦う少女。


 泣きながら誰かに手を伸ばす少女。


 そして、仲間と笑う少女。


 様々な表情をした少女たちが描かれていた。


 その中心で、一人の女性がペンを走らせている。


 北山春香、二十五歳。


 職業、漫画家。


 普段の生活は、決して立派とは言えない。


 部屋の片付けは苦手。


 料理も苦手。


 そして何より――漫画のネームが苦手だった。


 それでも、漫画を描くことだけは誰よりも好きだった。


 そんな春香の携帯電話が、いつまでも鳴り続けている。


「……もしもし。春香です」


 電話に出た春香の表情が、少しずつ変わっていく。


「え?」


 思わず椅子から身を乗り出した。


「連載会議……通ったんですか?」


 電話の向こうから返ってくる言葉を、春香は黙って聞いている。


 そして――。


「はい! はい、分かりました!」


 電話が切れた。


 春香は、しばらく携帯電話を見つめていた。


 まるで、今聞いた言葉が本当なのか確かめるように。


 やがて――。


「……よし」


 小さく拳を握る。


「よっしゃあああああ!」


 喜びの声が部屋中に響き渡る。


「ついに連載が取れた!」


 両手を握りしめ、天井を見上げる。


「これからは私の時代よ!」


 ニヤリ。


 漫画家としての成功を確信したような笑みを浮かべる春香。


 しかし――。


 その数秒後。


「……疲れた」


 あっさり素に戻った。


 時計を見る。


 時刻は夜九時。


「とりあえず、お風呂入ろ」


 春香は着ていた灰色のスウェットを脱ぎながら、浴室へ向かっていった。


 こうして、北山春香の新しい漫画家生活が始まった。


◇◇◇◇◇


 翌朝。


 ピンポーン。


 朝八時。


 マンションの部屋にチャイムが鳴り響いた。


「はーい、今出ます」


 春香は玄関へ向かう。


 昨日とは違い、髪はポニーテールにまとめられていた。


 服装は、漫画の名言が大きくプリントされたTシャツ。


 下はスウェット。


 漫画家として気合いが入っているのか、入っていないのか、よく分からない格好である。


 玄関を開ける。


「美心ちゃん、咲希ちゃん。久しぶり!」


「春香さん、お久しぶりっす!」


「春香先生、お久しぶりです」


 元気よく手を上げたのは、美心。


 金髪のショートヘアが特徴的な二十三歳。


 そして、その隣で礼儀正しく頭を下げているのが咲希。


 黒髪ロングの二十三歳。


 二人とも、以前春香が漫画を連載していた時にアシスタントをしてくれていた。


「二人とも、またアシスタントに入ってくれてありがとう」


「待ってたっすよ!」


 美心が嬉しそうに笑う。


「春香さんがまた連載始めるの、ずっと待ってたっす!」


「春香先生、連載獲得おめでとうございます」


「ありがとう!」


 春香も笑顔を返す。


 久しぶりに三人が揃った。


 それだけなのに、春香の胸の奥が少し熱くなる。


 以前も三人で、必死になって漫画を作っていた。


 締め切り前には徹夜。


 原稿が終わらず、三人で泣きそうになったこともある。


 それでも――。


 楽しかった。


「今回こそ長期連載にしてくださいっすよ」


「……」


 春香の笑顔が止まった。


「美心ちゃん?」


「はい?」


「それ、どういう意味かな?」


「いや~、前の連載、結構早く終わったじゃないっすか」


「……」


「だから今回は――」


「美心ちゃん」


 咲希が横から止める。


「春香先生に失礼だよ」


「冗談っすよ、冗談!」


 美心は笑いながら手を振る。


 春香はジト目で美心を見る。


「覚えておくからね」


「怖いっす!」


 三人の笑い声が玄関に響いた。


 そして春香は、二人を仕事部屋へ案内する。


 そこには仕事用の机が三つ並んでいた。


 それぞれの机には、ペンタブレットや原稿用紙、資料の本が置かれている。


 久しぶりに戻ってきた仕事場。


 春香は自分の机の上に置かれた原稿を手に取った。


「それじゃあ、今回の作品を見てもらおうかな」


「待ってましたっす!」


「どんな漫画なんですか?」


 二人が興味津々に原稿を見る。


 春香は少しだけ胸を張った。


「可愛い女の子たちが活躍する、異世界漫画よ」


「王道ファンタジーですか?」


 咲希が尋ねる。


「そう!」


「恋愛っすか?」


「それもあるかも」


「じゃあ、ほのぼの系?」


「最初はね」


「最初は?」


 美心と咲希が顔を見合わせる。


 春香はニヤリと笑った。


「とりあえず読めば分かるわ」


 二人に原稿を渡す。


「じゃあ、よろしく」


 美心と咲希が原稿を開いた。


 そして――。


 物語が始まる。


◇◇◇◇◇


 ドゴンッ――!


 凄まじい衝撃が大地を揺らした。


 何が起きたのか分からない。


 身体が浮いた。


 視界が回る。


 次の瞬間――。


 ドスンッ!


 何か巨大なものが落ちてきた。


 身体が押し潰される。


「――っ!」


 声を上げることすらできない。


 息が苦しい。


 身体が動かない。


 私は何が起きたのか分からないまま、馬車の下敷きになっていた。


 幸いにも、馬車が完全に潰れたわけではなかった。


 奇跡的にできた、僅かな隙間。


 私は、その中に挟まっていた。


 怖い。


 何が起きたの?


 外から怒鳴り声が聞こえてくる。


「男は殺せ!」


「女は生かして連れて帰るぞ!」


「積み荷も全部持っていけ!」


 知らない男たちの声。


 その声を聞いた瞬間、身体が震え始めた。


 馬車の隙間から、恐る恐る外を見る。


 見えるのは、男たちの足。


 そして遠くには、虎の紋章が描かれた旗。


 何人いるの?


 分からない。


 怖い。


 私は両手で口を押さえた。


 泣き声を出したら見つかる。


 そう、本能的に感じた。


 だから、ただひたすら息を殺した。


 どれくらい時間が経ったのだろう。


 やがて――。


 男たちの声が聞こえなくなった。


 馬の足音も、少しずつ遠ざかっていく。


 周囲が静かになる。


 私は恐る恐る馬車の下から這い出した。


「……え?」


 目の前に広がっていた光景に、言葉を失った。


 五台あった馬車は、すべて壊されていた。


 地面には血が流れている。


 倒れている人もいる。


 さっきまで一緒にいた人たちだった。


「……お父さん?」


 少し離れた場所に、人が倒れている。


 私はふらつきながら近づいた。


「お父さん……?」


 返事はない。


 肩を揺らしても動かない。


「お父さん……起きてよ」


 何度呼びかけても返事はなかった。


 その瞬間、理解してしまった。


「……嫌」


 足から力が抜ける。


「嫌だ……」


 その場にしゃがみ込む。


「お父さん……」


 涙が頬を伝う。


「お父さん……!」


 声を上げて泣いた。


 でも――。


 泣いている場合ではない。


 お母さんは?


 私は涙を拭いながら立ち上がる。


「お母さん……?」


 周囲を探す。


 いない。


 何度探しても見つからない。


「お母さん!」


 大声で叫ぶ。


 返事はない。


 きっと――。


 連れて行かれた。


 そう思うしかなかった。


 私は壊れた馬車の中を探した。


 水。


 食べ物。


 何でもいい。


 生きるために必要なものを探す。


 ようやく見つかったのは、僅かな水と食料だった。


 それを抱え、私は歩き始めた。


 向かう先は、皆で行くはずだった町。


 泥だらけになった青いワンピース。


 お気に入りだった。


 今では泥と血で汚れている。


 それでも私は歩いた。


 一歩。


 また一歩。


 足が痛い。


 喉が渇く。


 お腹も空いている。


 それでも歩いた。


 ――死にたくない。


 その気持ちだけが私を動かしていた。


 そして二日後。


 私は森の中の街道で倒れた。


 もう身体が動かなかった。


 空が暗くなっていく。


 夜になる。


 魔物が出る。


 分かっている。


 でも、立ち上がれない。


「……このまま……」


 意識が遠のいていく。


「魔物に食べられて……死ぬのかな……」


 目を閉じた。


 そして――。


 痛い。


「……っ」


 身体に鋭い痛みが走った。


 目を開ける。


「……え?」


 ゴブリンがいた。


 一匹。


 二匹。


 三匹。


 周囲を取り囲んでいる。


 錆びた剣を持っている。


 その剣で、私の身体を少しずつ傷つけている。


「痛っ……」


 小さな声が漏れる。


 ゴブリンたちが一斉にこちらを見る。


 そして――。


 嬉しそうに騒ぎ始めた。


 私は知っている。


 ゴブリンは弱い生き物をいたぶる。


 遊ぶように殺す魔物だ。


「……嫌」


 怖い。


 死にたくない。


 私は歯を食いしばった。


 そして、震える足で立ち上がる。


「私は……」


 足が震える。


「こんなところで……死ねない!」


 走った。


 後ろからゴブリンが追ってくる。


 足が痛い。


 息が苦しい。


 それでも走る。


 転んだ。


「痛っ!」


 膝を擦りむく。


 それでも立ち上がる。


 走る。


 走る。


 走る。


 ――こんなところで死ねない。


 お父さん。


 お母さん。


 私はまだ何もできていない。


 何も知らない。


 何も守れない。


 それでも――。


「……お父さんとお母さんの仇を取るんだ……!」


 その時だった。


 後方から馬の蹄の音が聞こえてきた。


 ドドドドド――!


 私は身体を強張らせる。


 あの男たち?


 また襲われる。


 怖い。


 振り返ることができない。


 必死に走る。


 すると――。


「おい!」


 男の声が聞こえた。


「女の子がゴブリンに襲われているぞ!」


「峠にあった馬車の生き残りかもしれない!」


「助けるぞ!」


 複数の馬が一斉に駆けてくる。


 二十人近くいる。


 ゴブリンたちは、一瞬で蹴散らされた。


 私は走りながら耳を疑った。


「……助ける?」


 私を?


 本当に?


 その瞬間――。


「きゃっ!」


 足元の大きな石に躓いた。


 身体が宙に浮く。


 そして――。


 ドサッ!


 見事に転んだ。


「……痛い」


 顔を地面につけたまま、私は涙目になる。


 すると。


「見事にずっ転けたな!」


 男の笑い声が響いた。


「ガッハッハ!」


 ……。


 助けに来てくれたのは分かる。


 でも――。


 今、笑う?


「ゴンズ、笑っている場合じゃないぞ」


 別の男が呆れた声を出す。


「早く助けるぞ」


「分かってるって!」


 馬から何人かが降りてくる。


 その中に女性がいた。


「ほら、退いて」


 女性が男性たちを押しのける。


「厳つい男ばっかりだと、この子が怖がるでしょ」


 そう言って、女性が私の身体を優しく抱き起こした。


 長い耳。


 綺麗な顔。


 どうやらエルフらしい。


「大丈夫?」


 優しい声。


「……綺麗」


 思わず口に出てしまった。


「ふふっ」


 女性が笑う。


「まだ小さいのに、お世辞が上手なのね」


 そう言ってウインクした。


 私は、少しだけ安心した。


 そして――。


 そのまま意識を失った。


◇◇◇◇◇


 目を開ける。


 周囲から声が聞こえた。


 パチパチと火が燃えている。


 焚き火。


 私は横になっていた。


 身体を動かしてみる。


「……あれ?」


 痛くない。


 あれだけ傷だらけだったのに。


 すると――。


「おっ!」


 突然、目の前に大きな顔が現れた。


「お嬢ちゃん、起きたみたいだぞ!」


「ひっ!」


 私は思わず叫んだ。


「熊!」


「……」


 大きな男が固まった。


 周囲から笑い声が起きる。


「アラン、今の聞いたか?」


「聞いたぞ」


「俺、熊って言われたぞ」


「日頃の行いじゃないか?」


「アラン、そりゃないだろ!」


 大男が肩を落とす。


 さっきのエルフのお姉さんが、こちらへやってきた。


「調子はどう?」


「……大丈夫です」


「一応ポーションで治療したから、痛むところがあったら言ってね」


「ありがとうございます」


 私は頭を下げた。


「綺麗なお姉さん」


「またそれ?」


 女性はクスクス笑った。


 その後ろから、今度は美形の男性が近づいてくる。


「お嬢ちゃん、生きていて何よりだ」


「助けていただいて、ありがとうございます」


「小さいのに礼儀がしっかりしてるな」


 男性が優しく笑った。


「そういえば、お嬢ちゃん。名前は?」


「私は……スズです」


「スズか」


 男性が笑う。


「俺はアランだ。よろしくな」


「はい。よろしくお願いします、アランさん」


 久しぶりだった。


 誰かに優しくしてもらったのは。


 それだけで、胸の奥が少しだけ温かくなった。


「余り物で悪いが、飯を食うか?」


 アランが尋ねる。


「……」


 お腹は空いていた。


 でも、食べようとすると涙が出そうだった。


「……大丈夫です」


「そうか」


 アランは無理に勧めなかった。


「じゃあ、もう休め」


 エルフの女性も頷く。


「明日も朝早いからね」


 そう言うと、彼女は私を抱き上げた。


「え?」


 そのまま、お姫様抱っこされる。


「ちょ、ちょっと……」


「まだ本調子じゃないでしょ」


 私は何も言えなくなった。


 優しい。


 怖くない。


 私はそのままテントへ運ばれていった。


◇◇◇◇◇


 原稿を読み終えた美心が、しばらく黙っていた。


「……」


 隣を見る。


 咲希も黙っている。


 春香は二人の反応をじっと待っていた。


「どう?」


 美心が顔を上げる。


「春香さん」


「うん」


「今回……結構重いっすね」


「そう?」


「最初から両親が……」


 美心が言葉を濁す。


 春香は少し笑った。


「最初から幸せいっぱいだと、後の幸せが映えないでしょ?」


「なるほど」


 咲希が頷く。


「確かにスズがアランさんたちと出会ったところで、読者も安心できます」


「そうなのよ」


 春香は嬉しそうに頷いた。


「最初に落としておけば、ここからスズが幸せになっていく過程が面白くなる」


「でも春香先生」


「何?」


「このゴンズさん、かなり良いキャラですね」


「でしょ?」


「熊って言われて笑われるところ、漫画にしたら絶対面白いっす」


 美心も笑い始める。


「あと、このエルフのお姉さんも人気出そうっすね」


「ユウって名前にする予定」


「ユウさん、綺麗っすね」


「美心ちゃん、キャラクターに嫉妬しないでね」


「しないっすよ!」


 春香が笑う。


 しかし、咲希は原稿をもう一度見ていた。


「春香先生」


「ん?」


「この作品、本当に可愛い女の子たちが活躍するだけの漫画なんですか?」


「もちろん」


「……」


 咲希が怪しそうな目を向ける。


「なんか裏がありそうですけど」


「さぁ~どうでしょう」


 春香は意味深に笑った。


 まだ誰にも話していない。


 この物語の本当のタイトル。


 そして――。


 スズが後に手にすることになる、誰も知らない力のことを。


 春香は机の上に置かれた一枚の設定画を見る。


 そこには、七つの異なる表情をした存在が描かれていた。


「……ここからよ」


 春香はペンを握る。


「ここから、この子たちの物語が始まる」


 美心と咲希も、それぞれの席についた。


「美心ちゃん、咲希ちゃん」


「はいっす!」


「はい」


 春香は大きく息を吸う。


「さぁ――やるわよ!」


 三人の漫画制作が始まった。

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