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第8話 操り人形

 管理官ゼノスから突きつけられた「二十四時間以内の黒字化」という無慈悲な宣告。アッシュたちは、その答えを探すべく『陽だまりの区画』の深部へと足を踏み入れた。

 頭上に輝く「魔導太陽」は、この村を永遠の昼に閉じ込めている。黄金の光は慈悲深く降り注いでいるように見えて、その実、肌にじっとりとまとわりつく油のような不快感があった。

「……おい。あそこの連中、さっきから一歩も動いてねえぞ」

 ギルバートが顎で示したのは、広大な麦畑の一角だった。数人の農夫たちが、腰を曲げたまま鎌を振るい続けている。その動きは機械のように正確で、一秒の狂いもない。

 アッシュが近づいて声をかけようとしたとき、一人の農夫が糸が切れたように崩れ落ちた。

「おっと……大丈夫かい?」

 アッシュが駆け寄り、男の肩を抱き起こす。だが、その顔を見た瞬間、ギルバートが「うっ」と声を漏らして顔を背けた。

 男の瞳は、過労のあまり白濁していた。血管が浮き出たこめかみには、公社の紋章が刻まれた銀色の小さな端子デバイスが埋め込まれている。

「……あは、あははは! 素晴らしい、今日も公社のために働ける。幸せだ、なんて……なんて幸せなんだ……」

 男は口から泡を吹き、全身を痙攣させながらも、無理やり口角を吊り上げて笑っていた。その指先は鎌を握りしめたまま固まり、激しい出血をしているが、痛みを感じている様子は微塵もない。

「バイタルをスキャンしました」

 ルシアがアッシュの前に立ち、無機質な瞳を明滅させる。

「対象の脳内では、ドーパミンとエンドルフィンが致死量に近い数値で強制分泌されています。埋め込まれた『幸福補正チップ』が、肉体の限界信号を全て『多幸感』に変換しているようです。彼は今、心臓が破裂するほどの苦痛を、人生最高の快楽として認識しています」

「……これが、公社の言う『最高効率』の正体か」

 アッシュの拳が、槍の柄の上で白くなるほど強く握られた。

 村の至る所から聞こえてくる陽気な歌声。それは、魂が悲鳴を上げる代わりに、システムによって強制的に奏でさせられている葬送曲だった。

「ひどいもんだぜ。死ぬまで踊らされる操り人形の方が、まだマシだ」

 ギルバートが唾を吐き捨てる。

 この村では、死ぬことさえ許されない。死は「資産の損失」であり、不採算だからだ。動けなくなれば魔導エネルギーを直接神経に流し込み、無理やり立たせ、笑わせ、最後のひとかけらの光殻まで搾り取る。

「ルシア。この村の住民たちの『光殻』の純度はどうなっている?」

「低下しています。外部からの強制刺激による産生は、殻を脆くします。現在の彼らから採取されているのは、中身のない『空殻』に近い。だからこそ、公社は維持コストに見合わないと判断したのでしょう」

「……中身がない。思い出も、痛みも、すべて焼き切ってしまったからだね」

 アッシュは倒れた男の泥にまみれた手を、そっと離した。

 男は再び立ち上がり、ふらつく足取りで、また鎌を振り始めた。まるで、そうすることしかプログラムされていない壊れた玩具のように。

 その時、黄金の麦の波がざわめき、村の中心にそびえる『魔導収穫塔』から、重苦しい鐘の音が響き渡った。

清算チェックアウトの準備が始まったようです」

 ルシアが空を見上げた。

 魔導太陽の光が、わずかに赤みを帯び始める。それは、この楽園が終焉を迎えるためのカウントダウンの合図だった。

「行こう。……この帳簿を書き換えるには、数字の外側にある『余白』を見つけるしかない」

 アッシュは、背負った槍の冷たい感触を確かめながら、狂った笑い声が満ちる村の奥へと歩き出した。

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