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第9話 狂気の献身

 村の中心部へ向かう道中、狂ったような「幸福」の連鎖は加速度を増していた。

 魔導太陽が放つ光が、収穫塔の鐘の音に共鳴し、周期的なパルスとなって村を打つ。そのたびに村人たちの動きは速くなり、彼らから溢れ出す黄金の光殻が、目に見えるほどの粒子となって空へ吸い上げられていく。

「……ッ、おい、そこの! 止まれってんだよ!」

 突如、ギルバートが怒鳴り声を上げた。

 彼らの目の前を、巨大な石材を積んだ荷車を引く一人の青年が通り過ぎようとしていた。

 青年の体格はがっしりとしていたが、その肉体はすでに限界を超えていた。素足の爪は剥がれ、路面には点々と血の足跡が残っている。重すぎる荷のせいで肩の骨が脱臼しかけており、嫌な音が周囲に響いている。それでも、首の付け根に埋め込まれた銀色の端子デバイスが強制的に脳を焼き続け、彼は汗と涙を流しながら「最高だ、まだ運べる! 公社万歳!」と、喉を枯らして叫び続けている。

「対象の心拍数はすでに限界点を突破。このままでは三秒以内に心筋が融解し、即死します」

 ルシアの無機質な宣告が響く中、アッシュが前に出た。

 彼の手には、地下競売場ブラックマーケットで手に入れたばかりの、あの無骨な槍――『無名の連帯保証デッドライン』が握られていた。

「アッシュ、よせ! その槍、まだ使いこなせてねえだろ!」

 ギルバートの制止を無視し、アッシュは槍を青年の胸元へ突き出した。刃を立てるのではない。槍の石突を地面に叩きつけ、彫り込まれた解読不能な契約文を赤く発光させる。

「……アッシュ・エインズワースが権限を発動。――この者の負債ダメージを、僕が『連帯保証』する」

 その瞬間、槍を通じて不気味な黒い雷光が走った。

 ガクン、と青年の動きが止まる。

 それと同時に、青年が背負っていた絶望的なまでの「肉体的負荷」と、デバイスが無理やり蓋をしていた「激痛」が、槍の回路を経由して、すべてアッシュの肉体へと流れ込んだ。

「が……っ、は……!」

 アッシュの口から、鮮血が溢れ出した。

 視界が真っ赤に染まる。全身の骨が一度に軋み、肺が押し潰されたような激痛。それは青年が味わうはずだった「死」そのものの重みだ。

 対照的に、青年の顔からは痙攣が消え、デバイスの強制発火が停止した。青年は何が起きたのか理解できないまま、膝から崩れ落ち、そのまま糸が切れたように意識を失った。

「アッシュ!」

 ギルバートが即座にアッシュを支える。アッシュの顔色は土色を通り越し、死人のように青ざめていた。

「……はぁ……はぁ……。大丈夫……だ。少し、肩代わりしただけだよ……」

「馬鹿野郎が! 少しなわけあるか!」

 ギルバートがアッシュの胸ぐらを掴み、その異常なほどの冷たさに目を見開いた。

「てめえの光殻が半分以上枯れてやがる。……おいルシア、こいつの数値はどうなってんだ!」

「……推定。アッシュの生命維持に必要な『存在コスト』が一時的に危険域まで減少しています。今の彼は、物理的なダメージではなく、自身の『存在権限』を削って、あの青年の命を買い取ったのです」

 アッシュは震える手で口元の血を拭い、再び槍を杖にして立ち上がった。

 槍の柄に刻まれた文字は、青年の苦痛を吸い取ったことで、どす黒い赤色を保っている。

「……見てよ、ギルバート。彼は今、笑っていないだろう?」

 アッシュの指差す先で、青年は泥にまみれて、ただ静かに、安らかに眠っていた。

 強制された幸福でも、システムが作った笑顔でもない。ただの、疲れ果てた一人の人間としての、重苦しいまでの「休息」。

「公社の帳簿には載らない……ただの『眠り』だ。……それを作るのが、僕がやりたいことだからね」

 アッシュは自嘲気味に微笑んだが、その足取りは危うい。

 槍は、確かに奇跡を起こした。だがそれは、主人の命を燃料にして走る「死神の契約書」そのものだった。

 村の奥、収穫塔がさらに大きく鳴り響く。

 太陽はさらに赤く、血のような色へと変貌し始めていた。

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