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第7話 偽りの輝き

 黄金の麦の波を割り、三人の前に現れたのは、セフィロト本局から派遣された管理官、ゼノスだった。

 彼は公社の紋章が刻まれた白銀の礼服に一点の塵も許さず、慇懃な所作で一礼する。その背後には、武装した護衛ではなく、膨大な数値を宙に投影する記録官たちが控えていた。

「北域監査局、第6査定課。……噂通りの顔ぶれですね。わざわざ辺境からご苦労様です」

 ゼノスは、アッシュが持つ黒く煤けた槍を一瞥し、わずかに鼻を鳴らした。それは、エリートである本局の人間が、現場の泥臭い監査官に向ける特有の蔑みだった。

「ご挨拶だね。それで、僕たちが呼び出された『不採算の疑い』について聞かせてもらえるかな? この通り、村は光殻の輝きで溢れているようだけど」

 アッシュが問いかけると、ゼノスは指先でホログラムの数式を操作した。空中に、この『陽だまりの区画』の収支報告書が浮かび上がる。

「見た目の輝きに騙されないでいただきたい、エインズワース課長。……確かに、住民の光殻産生量は基準値を遥かに上回っている。だが、問題はその『維持コスト』です」

 ゼノスがグラフの一部を赤く反転させた。

「この村を照らす魔導太陽、および地脈を活性化させる魔導回路。これらの稼働に必要なエネルギー消費が、先月から指数関数的に跳ね上がっている。投入したコストに対し、回収できる光殻の純利が……昨日、ついに『ゼロ』を割り込んだ」

 ギルバートが横から画面を覗き込み、退屈そうに欠伸をした。

「要するに、金は回ってるが、公社の取り分がねえってことか。なら、もっと働かせりゃいいだろ。ここの連中、幸せボケして手が止まってんじゃねえのか?」

「いいえ、彼らは最大限に働いています。……問題は、彼らの『魂の摩耗』です」

 ゼノスの声が、不自然なほどに冷たくなった。

「光殻とは、幸福感や思い出という『殻』が形を成すもの。ですが、この区画の住民はあまりに長く、高効率で搾り取られすぎた。結果として、彼らの魂の殻は薄くなり、今では一時間の幸福を絞り出すために、十時間分の魔導エネルギーを外部から注入インプットしなければならなくなっている」

 ルシアの瞳が激しく明滅し、即座に結論を導き出した。

「……燃料投下による、無理矢理な光殻の強制発光。もはや彼らは自力で輝いているのではなく、公社のエネルギーを光に変換するだけの『非効率な触媒』に成り果てている、ということですね」

「その通り。これは神聖公社の理念に反する『不採算資産』だ」

 ゼノスは、冷徹な判決を下すように言い放った。

「本局の最終判断を下す前に、第6課には『現地資産の最終評価ラスト・アセスメント』を命じる。……もし、24時間後までに収支を改善する画期的な案が出なければ、この区画は一括して『清算』の対象となる。住民が持つ残りの光殻はすべて強制徴収ドレインされ、この土地の魔導回路は停止。ここは公社の再開発地域となる」

「……清算、か。数千人近い住民の命を、一晩でゼロにするつもりだね」

 アッシュの声から、いつもの穏やかさが消えていた。

 槍『無名の連帯保証デッドライン』が、主の静かな怒りに呼応するように、微かに熱を帯び始める。

「それが公社の論理です、エインズワース課長。神様への負債を返せないと決まった存在に、生きる権利などない。……せいぜい、彼らが消える前に『価値』とやらを見つけてみせることです。もっとも、数字は嘘をつきませんがね」

 ゼノスは慇懃な一礼を残し、記録官たちを連れて去っていった。

 後に残されたのは、甘い麦の香りと、何も知らずに笑い合う村人たちの歌声。そして、刻一刻と迫る「清算」のデッドタイムだけだった。

「……アッシュ。どうする。一発ぶん殴って逃げるか?」

 ギルバートが斧の柄を握り直す。

「いいや、仕事だよ。ギルバート。……ルシア、村の地下にある『重殻デッドウェイト』の沈殿量をスキャンしてくれ。公社の帳簿が無視している、この楽園の本当の『ツケ』を数えに行こう」

 アッシュは槍を力強く握り締め、黄金の光に照らされた村の奥へと歩き出した。

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