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第6話 陽だまりの区画

 セフィロトの最上層から、公社専用の高速浮遊艇で数十分。眼下に広がるのは、白銀の北域とは正反対の、暴力的なまでの黄金色だった。

 『陽だまりの区画サン・セクション』。

 そこは魔導太陽の恩恵により、一年に四度の収穫が約束された楽園である。浮遊艇が高度を下げると、風に乗って流れてくるのは、むせ返るほどに甘い麦の香りと、どこか現実味を欠いた陽気な歌声だった。

「……あー、耳が腐りそうだ。どいつもこいつも、宝くじでも当たったような顔してやがる」

 浮遊艇のタラップが降りるなり、ギルバートは耳の裏を掻きながら、地面に唾を吐いた。彼の背負った大盾が、村の至る所にある魔導街灯の輝きを反射して、ギラギラと落ち着きなく光っている。

「いいじゃないか、ギルバート。平和なのは良いことだよ」

「平和? へっ、こいつは平和じゃねえ。ただの『飼育』だ」

 ギルバートは、道行く村人の一人を顎で示した。

 その男は、農作業で泥にまみれているはずなのに、その足取りは羽が生えたように軽く、瞳は熱病にかかったような輝きを宿している。その頭上では、黄金の粒子――『光殻』の輪が、かつてない密度で激しく発光していた。

「見てな、アッシュ。あの野郎、自分の家が火事になっても『暖かいなぁ』なんて言って笑ってそうなツラしてやがるぜ」

「……そうだね。それが公社の定義する『最高効率の債務者』の姿だ。絶望を知らず、悲しみさえも光殻という燃料に変換し続ける。神様にとっては、これ以上ない優良物件ロイヤル・カスタマーだよ」

 アッシュは槍を杖代わりに突き、ゆっくりと村の広場へ歩を進める。

 彼の持つ槍『無名の連帯保証デッドライン』は、周囲のあまりに濃密な「光」に当てられたのか、それともアッシュの光殻を求める飢えによるものか、柄に刻まれた契約文が不気味な赤色を明滅させていた。

「おい、アッシュ。またその槍に自分の『光殻』を食わせてるだろ。顔色が幽霊みたいだぜ」

 ギルバートが、わざとらしくアッシュの肩を強く叩いた。尋常ではない筋力による衝撃だが、アッシュはよろけることもなく、ただ穏やかに苦笑いを返した。

「心配してくれるのかい? 嬉しいね」

「勘違いすんな。お前が倒れりゃ、俺の雇い主がいなくなる。……俺はお前みたいに『何かを救う』なんて高尚な目的で動いちゃいねえんだ。俺が信じるのは、自分の腕の重さと、報酬のキャッシュの重さだけだ」

「はは、合理的だね。……でもギルバート。君は、自分の光殻が『ゼロ』になるのが怖くないのかい?」

 アッシュの問いに、ギルバートは一瞬だけ足を止め、錆びた鉄のような色をした大斧の刃を見つめた。

 この世界で光殻を失うことは、社会的な死だけでなく、存在そのものの消滅を意味する。だが、ギルバートの背中からは、公社の完全管理下に置かれた市民のような「清算への恐怖」は微塵も感じられなかった。

「怖えよ。だがな、公社の野郎どもが作った『物差し』で自分の命を測られる方が、よっぽど反吐が出る。……俺は俺が死にたい時に、自分の好きな地獄で死ぬ。その権利だけは、公社の帳簿には渡さねえ」

 ギルバートは再び歩き出し、村の中央にそびえ立つ巨大な『魔導収穫塔』を睨みつけた。塔は、村人から溢れ出す光殻を吸い上げ、眩い光の柱を天へと伸ばしている。

「……なるほど。やっぱり君を雇って正解だった」

 アッシュは、相棒の広すぎる背中を見つめながら、独り言のように呟いた。

 一人は、他人の負債をすべて肩代わりしてでも『余白』を作ろうとする、静かな狂気を持つ監査官。

 一人は、公社のルールという天秤そのものを、斧で叩き壊そうとする野良犬。

 そんな二人の会話を、背後でルシアが静かに見守っていた。

「課長、ギルバート氏。感傷的な雑談はそこまでにして下さい。……前方より、この区画の管理責任者が参ります。どうやら、私たちの来訪はあまり歓迎されていないようです」

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