第5話 世界の理
闇市から地上へと昇る魔導エレベーターの籠の中で、アッシュは新調したばかりの槍『無名の連帯保証』の石突を、ことりと床に置いた。
籠が上昇するにつれ、下層の錆びた空気は薄れ、代わりに甘く、陶酔を誘うような芳香が漂い始める。それは、セフィロトを維持するために贅沢に消費されているエネルギー――『光殻』の溶けた薫りだった。
「アッシュ。改めて、その槍の使用には反対です」
ルシアが、槍からアッシュの腕へと伸びる微かな光の糸を見つめながら言った。
「貴方の光殻の減少速度は、通常の監査官の消費量の1.8倍に達しています。このままでは任務完了を待たずに貴方の体が消失してしまいます」
「いいんだよ、ルシア。……僕たちは、生まれた時から既に巨大な『借金』を背負っている。今さら少しばかりの利子が増えたところで、大した違いはないさ」
アッシュは窓の外、層を成して輝く都市の灯りを見つめた。
この世界の生命が持つ「魂」の周りには、目に見えない無形の殻が存在する。幸福を感じ、美しい思い出を紡ぎ、他者と絆を結ぶ――そうした精神的な活動が結晶化し、黄金の輝きを放つエネルギーとなったもの。それが『光殻』である。
だが、それは人間を豊かにするためのものではない。
「ルシア、君は知っているだろう。……神がこの世界と生命を創り出した時、それは無償の愛によるものではなかった。神は、生命という存在を与えた見返りに、莫大な『存在の負債』を我々に課したんだ」
「……公社の教典、第一章第一節ですね。――『生命は神より貸し与えられた資産であり、全ての魂はその使用料を光殻によって返済する義務を負う』」
ルシアの淡々とした音読に、アッシュは頷いた。
神聖公社アーキバス。彼らは「神」の代理人として、世界中からその元本及び利子――光殻を回収するための巨大な集金組織に過ぎない。人々がより幸福に、より効率的に光殻を産生できるよう、公社は結界を張り、技術を与え、社会を管理する。
すべては、より多くの「納税」をさせるための、壮大な家畜化の歴史だった。
「公社にとって、人間は光殻を産む装置だ。……だから、幸福を忘れ、思い出を失い、光殻を生成できなくなった土地や人間は、公社の帳簿において『不良資産』と定義される。そして僕たち監査官が呼ばれるんだ」
「『不採算案件』の判別、および対象の清算……。それが我々の職務ですから」
ルシアの瞳に、公社が清算してきた無数の廃村のデータが流れる。
生成される光殻の量が、公社がその場所を維持するために支払うエネルギーコストを下回った瞬間、その存在は許されなくなる。神のBSにおいて、マイナスは死を意味するのだ。
不意に、エレベーターが地上の光に包まれた。
そこには、人々の幸福な笑い声と、それらを糧にして眩いばかりに輝く黄金の街並みが広がっていた。
「さあ、着いたよ。……神様が最も期待している『優良資産』の1つだろう、陽だまりの区画だ」
アッシュは槍を担ぎ直し、一歩を踏み出した。
足元の影は、手に持った槍の重みで、誰よりも深く、黒く沈んでいた。




