第16話 終止符を打つ鼓動
「五……六……七ッ!」
――ドォォォン!! ドォォォン!!
排熱処理層に、肉と鉄がぶつかり合う凄絶な音が響き続ける。
ギルバートが手にした斧の刃は、叩きつけるたびに彼自身の肉を裂き、拳はすでに自身の血で赤黒く染まっていた。
だが、その打撃の間隔は、狂いなく心臓の鼓動と重なっている。
「貴様……、正気か!? 自らの拳を砕きながら、何故避けることもできぬ単調な攻撃を繰り返す!」
バレットは狼狽していた。目の前のドワーフが放つのは、確かに重い攻撃。
だが、バレットの絶対装甲を貫くほどではないはずだ。
それなのに、装甲の内部から、かつて感じたことのない不気味な「熱」と「震え」が、自身の神経系を逆流してくる。
「十……、二十……! ああ正気さ。ドワーフが鉄を叩くときに、正気以外でいられるかってんだ!」
ギルバートの視界は、流れ落ちる血と過呼吸で白く霞んでいる。
だが、緋色に染まった瞳だけは、バレットの装甲を透かし、その奥にある物質の「歪み」が一つに収束していく様を捉えていた。
一撃ごとに蓄積される振動。逃げ場を失った衝撃が、バレットの鎧の内部で幾重にも重なり合い、巨大な破壊のエネルギーへと膨れ上がっていく。
「九十七……九十八……九十九……!」
ギルバートの全身から蒸気が噴き出し、限界を超えた筋肉が悲鳴を上げる。対するバレットは、金縛りにあったように動けない。
自身の鎧が、ギルバートの刻むリズムに完全に支配され、分子レベルでバラバラに解けようと暴れ回っているのだ。
「これで、最後だ……。お前のその『絶対』ごと、地獄へ持っていけ!!」
ギルバートは、砕けた斧の刃を両手で、骨が鳴るほど強く握りしめた。溢れ出した血が、超振動によって霧となって舞う。
彼は自身の全生命、全細胞の鼓動を、その一点に一点に凝縮し、バレットの胸部中央へ叩き込んだ。
「ドワーフ秘伝――『終止符を打つ鼓動』!!」
――カァァァァァァァァン!!!
それは、世界が静止したかのような、澄み渡るほどに高い衝撃音だった。
次の瞬間、バレットの全身を覆っていた高密度合金が、目に見える「波」となって波打った。
蓄積された九十九の衝撃と、最後の一撃が完璧な和音を奏でた瞬間、絶対の硬度はその理を失い、細かな砂となって爆散した。
「な……馬鹿な……。論理の外、だと……。公社の、絶対が……ッ!?」
鎧をすべて失い、中の生身が露わになったバレットが、糸の切れた人形のように膝をつく。
鉄を過信し、変化を拒んだ兵士は、ドワーフが刻んだ「命のリズム」に、その存在ごと完膚なきまでに砕かれたのだ。
「……絶対なんて言葉、二度と使うんじゃねえぞ。鉄を舐めてるのは、お前の方だ」
ギルバートは、指の間から血を流しながら、役目を終えて真っ赤に熱した斧の刃を床に落とした。チリ、と床が焦げる音が、静寂のなかで唯一響く。
バレットの巨体が、崩れるように沈む。
ギルバートは力尽きたように壁に背を預け、震える手で血を拭い、満足げに天を仰いだ。
「……へっ。アッシュ、ルシア。……あとは、任せたぜ」




