第12話 たった一つの自由
アッシュの槍によって死の淵から救われ、泥のように眠る青年。その傍らでフィオは、ひび割れた青い石を愛おしそうに撫でていた。
「……これ、おばあちゃんがパパに託したものなの」
フィオがぽつりと呟く。
「この村が黄金の光に包まれるずっと前、おばあちゃんはこの地で一番長く働いて、一番多くの光殻を公社に納めた人だった。
でも、公社はおばあちゃんが倒れたとき、一言も労わずに『不採算な人』として見捨てられちゃった。
そのとき、おばあちゃんの中に残った最期の『怒り』が、公社が吸い取りきれなかった余分として、この石になったんだって」
アッシュは槍の柄を握る手に力を込める。
公社のシステムが計算しきれなかった、老女の執念。それが「青い石」——公社の支配を受け付けない、たった一つの「帳簿外の自由」。
「パパは、これをおばあちゃんの形見としてずっと隠してた。
いつか、この石を使って、この村を本当の姿に戻すんだって。
……でも、石はまだ眠ったままなの」
「眠ったまま?」
ギルバートが聞き返す。
「ルシア、スキャンを」
「了解。……やはり、この石は『欠損』しています。現在の状態は、膨大なデータを保持するための空の容器に過ぎません。
……おそらく、その『中身』は別の場所にあります」
ルシアの瞳が収穫塔の基部、地面を這う太い魔導パイプを指し示した。
「……地下です。この村の住民から吸い上げられたもののうち、公社が『不要』と判断して捨てた記憶や感情——つまり『重殻』が投棄されている場所。
そこに、この石を完成させるための鍵があります」
「それがゼノスが隠したがっている『裏帳簿』の正体か」
アッシュは収穫塔を見上げた。黄金に輝くその威容は、もはや巨大な墓標にしか見えなかった。
「行こう。パパが目を覚ますまでに、この石を完成させなきゃいけない。
……ルシア、最短の潜入ルートを割り出して」
「了解。塔の裏側、重殻の排出口に繋がるメンテナンスハッチがあります。
そこからなら、ゼノスの監視網を抜けて地下最深部へ到達可能です」
一行は、眠る青年を安全な茂みに隠し、巨大な塔へと向かった。
道中、村人たちが幸せそうに笑いながら、自らの命を削って働く光景が続く。その狂気じみた多幸感の中を、アッシュたちは影のように進む。
塔の裏側にひっそりと佇む、錆びついたハッチ。そこには公社の厳しい管理が行き届いていない。
なぜなら、ここは「捨てる場所」であり、公社にとって価値のないものが集まるゴミ捨て場だからだ。
「……準備はいいかい、二人とも。ここから先は、数字では割り切れない『絶望』の底へ行くことになる」
アッシュが槍を構え、ハッチのロックに穂先を滑らせる。
バキリ、と契約の鍵を破壊する音が響き、中から澱んだ冷気と、数え切れないほどの「誰かのすすり泣き」が混ざり合ったような異様な音が溢れ出した。
アッシュ、ギルバート、ルシア、そして石を抱いたフィオ。
四人の影が、黄金の光を背にして、深い闇へと消えていった。




