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転生令息の庭園管理 〜魔族も精霊も、美味しいお茶と利権の前では等しいのです〜  作者: あめとおと


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第六話:王都のサロンと、氷の令嬢



ベルシュタイン領での成功から半年。

五歳だった僕は六歳になり、父上から与えられた王都の別邸——その一等地にある古びた、しかし品格のある建物をリノベーションし、ついにその看板を掲げた。


『Bean & Staffビーン・アンド・スタッフ


一階は精霊の加護を受けた植物が咲き乱れるティーサロン。二階は完全会員制の商談スペースだ。

開店初日、店の前には王都の貴族たちが馬車を連ねて押し寄せていた。彼らのお目当ては、領地を救ったという「黄金の精霊茶」と、そして何より——。


「きゃあ! 見て、あの白くてふわふわな生き物……!」

「なんて神々しくて、愛らしいのかしら。あれが噂の『守護獣』様なの?」


店の中央、特製のふかふかクッションの上で、ルナが退屈そうにあくびをしていた。

伝説のフェンリルが子狼の姿でくつろぐ光景は、王都の貴婦人たちにとって、どんな宝石よりも価値のある「眼福」だった。


「ルナ、営業スマイルだよ。ほら、あのお姉様たちに尻尾を振ってあげて」

『……アル、ねむい。でも、クッキーくれるなら、やる』


ルナは脳内で文句を言いながらも、愛らしく尻尾をパタパタと振ってみせた。その瞬間、貴婦友達から黄色い悲鳴が上がる。

前世のマーケティング理論通りだ。希少性と、実益(お茶)、そして圧倒的なマスコットキャラクター。この三拍子が揃えば、流行に敏感な王都の社交界を掌握するのは容易かった。


「アルフレッド様、本日の予約は全て埋まりました。……それと、例の『あのお方』が到着されました」


側近としてすっかり様になったガインが、緊張した面持ちで僕に耳打ちする。

僕は頷き、サロンの最奥、精霊たちが最も集まる特等席へと向かった。


そこには、一人の少女が座っていた。

僕より二、三歳上だろうか。夜の闇を溶かしたような艶やかな黒髪に、全てを拒絶するかのような、冷たく鋭い灰色の瞳。

侯爵令嬢、エルゼ・フォン・ローゼンタール。

「氷の令嬢」と渾名され、そのあまりに強すぎる魔力ゆえに周囲を無意識に威圧してしまう、孤独な天才少女だ。


「……あなたが、ベルシュタインの『神童』?」


彼女の声は、冬の夜の空気のように澄んでいて、そして刺すように冷たかった。

彼女の周囲では、精霊たちが怯えて近寄れずにいる。彼女の魔力があまりに鋭利で、繊細な精霊たちにとっては「刃」のように感じられるからだ。


「初めまして、エルゼ様。アルフレッド・ヴァン・ベルシュタインです。……そんなに肩を怒らせていては、せっかくのお茶が冷めてしまいますよ」


僕は彼女の正面に座り、自らティーポットを取った。

注ぐのは、精霊茶ではない。僕が新しく開発した、果実の酸味と精霊の魔力を融合させた「ミックスジュース」をベースにした、特製のアイスティーだ。


「……私は、遊びに来たわけではないわ。父に言われて、あなたの『底』を確かめに来ただけ。魔力なしと蔑まれた公爵令息が、どんなペテンを使っているのかをね」


「ペテン、ですか。心外ですね。僕はただ、居心地の良い場所を提供しているだけですよ。……例えば、今のあなたのように、自分の魔力に振り回されて息苦しい思いをしている方にこそ、必要な場所をね」


エルゼの眉がぴくりと動いた。

彼女は、僕が自分の「悩み」を言い当てたことに驚いたようだ。


「……生意気な子供。私の何を知っているというの」


「何も知りません。だから、まずはこれを飲んでみてください。今のあなたに必要なのは、魔力の暴走を抑える『封印』ではなく、高ぶった神経を解きほぐす『休息』です」


僕は、グラスを彼女の前に押し出した。

そこには、精霊たちが楽しげに泡となって弾ける、宝石のような液体が揺れている。


エルゼは不信感を露わにしながらも、その香りに抗えず、そっとグラスを口に運んだ。


「っ……!?」


一口飲んだ瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。

彼女の全身を縛っていた、鋭すぎる魔力のトゲが、一瞬にして柔らかい温もりに包まれて霧散していく。


「……何、これ。体が、軽くなって……。それに、さっきまで聞こえていた嫌なノイズ(魔力の不協和音)が消えた……?」


「それが、精霊たちの『おもてなし』です。あなたの魔力が強いのは、才能です。ただ、その使い方が少し『命令』に寄りすぎていただけですよ」


僕は、足元で寝ていたルナをひょいと抱き上げ、彼女の膝の上に置いた。

「……きゃっ! な、何を……」


慌てるエルゼ。だが、ルナは彼女の膝の上で「ふみふみ」と足踏みをし、そのまま丸くなって寝始めた。

伝説の守護獣が、自分を拒絶しない。それどころか、自分を「温かい場所」として受け入れている。


その事実が、氷の令嬢と呼ばれた少女の心を、音を立てて溶かしていった。


「……温かい。……こんなに、穏やかな気持ちになったのは初めてだわ」


彼女の灰色の瞳に、初めて微かな光が宿り、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

周囲の精霊たちが、待っていましたとばかりに彼女に寄り添い、光のダンスを踊り始める。


「エルゼ様。僕と『契約』しませんか? いえ、ビジネスパートナーとしての提携アライアンスと言い換えてもいい」


僕は、泣きじゃくる彼女にハンカチを差し出しながら、最高の、そして最悪に可愛げのない笑みを浮かべた。


「あなたのその強大な魔力を、僕の『庭園管理』に貸してほしいんです。その代わり、あなたの心と魔力のバランスは、僕とルナが一生かけてメンテナンスすると約束しましょう」


これが、後に「王国の双璧」と謳われることになる、転生令息と氷の令嬢の、最初の商談だった。


「……ふふ、やっぱり生意気。……いいわ。あなたのその『おもてなし』、もう少し詳しく聞かせて頂戴」


王都に咲いた一輪の氷の花。

彼女を手に入れたことで、僕の「異世界経営」は、一公爵領の枠を超え、国家をも揺るがす巨大な潮流へと変わっていくことになる。






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