第七話:二人の秘密の茶会と、学園の足音
王都の喧騒から切り離された、『Bean & Staff』の最奥にあるプライベートガーデン。
そこは、僕の「無色の魔力」とエルゼの「強大な氷雪魔力」が混ざり合い、夏だというのに高原のような涼やかな風が吹き抜ける、特別な聖域となっていた。
「……信じられない。私の魔力が、こんなに穏やかに『仕事』をしているなんて」
エルゼ・フォン・ローゼンタールは、指先から細い氷の糸を出し、庭園の噴水を精緻な氷細工へと変えながら呟いた。
彼女の魔力は、かつては周囲を凍てつかせ、精霊を追い払う「拒絶の力」だった。しかし、僕が教えた「精霊への魔力投資」の要領を掴むと、彼女の魔力は庭園の温度を完璧に管理し、熱に弱い希少な高山植物を育てるための「天然のエアコン」へと進化したのだ。
「言ったでしょう、エルゼ。魔力の強さはコストじゃなく、リソース(資源)なんです。君が冷気を放てば、精霊たちは喜び、僕の温室内で一年中最高級のシャーベットが作れる。……これ、新作の『黄金桃のソルベ』です」
僕は、彼女の前に銀の匙を添えた小皿を置いた。
ルナが「ボクも、ボクも!」と尻尾を振って割り込んでくるので、彼女の足元にも一皿置いてやる。
「……ぱくっ。…………美味しい。……悔しいけれど、あなたの作るものは、私の心を正確に狙い撃ちしてくるわね」
エルゼは頬を微かに赤らめ、幸せそうに目を細めた。
「氷の令嬢」と呼ばれた冷徹な仮面は、今や僕とルナの前でしか見せない、年相応の少女の笑顔に取って代わられていた。
「美味しいものを食べ、心地よい場所で過ごす。それが経営の基本です。……ところで、エルゼ。例の件、ローゼンタール侯爵家との調整はどうなりましたか?」
僕がビジネスの話題に切り替えると、彼女は居住まいを正した。
「ええ。父は、あなたの商会が提示した『魔導冷却器』の独占流通権に、二つ返事で飛びついたわ。……あんなに欲深そうな父の顔、初めて見た。……ねえ、アルフレッド。あなたは本当に、六歳の子供なの?」
「中身は……まあ、年季の入った苦労人だと思ってください」
僕は笑って誤魔化した。
彼女の家門と提携したことで、僕の商会は「物流」という最強の武器を手に入れた。エルゼの冷気魔法を魔導具に転写し、精霊の力で維持する「冷蔵馬車」。
これがあれば、鮮度が命の精霊茶や生菓子を、ベルシュタイン領から王都、さらには隣国まで、品質を落とさず届けることができる。
「これで、第一章の『基盤構築』は完了ですね」
「第一章……? 変な言い方ね。でも、確かに。……もうすぐ、私たちは『あそこ』へ行かなければならないものね」
エルゼの視線が、王都の北に聳える巨大な時計塔に向けられた。
王立魔法学園。
この国の貴族の子弟は、十五歳になると例外なくその門をくぐらなければならない。そこは、純血主義の貴族たちが権力を競い、能力の優劣で全てが決まる、ある種「魔力判定儀式」の延長線上にある戦場だ。
「……怖い?」
僕が尋ねると、彼女はゆっくりと首を振った。
「いいえ。以前の私なら、自分の魔力で誰かを傷つけるのが怖かった。でも、今は違う。……あなたという、最高のパートナーがいるもの」
彼女の手が、そっと僕の手の上に重ねられた。
その手は以前のような凍てつく冷たさではなく、春の陽だまりのような微かな温もりを湛えていた。
「キュゥン!」
ルナが「僕もいるぞ!」と二人の間に割り込み、もふもふの体を押し付けてくる。
僕たちは顔を見合わせ、声を上げて笑った。
それから数年。
僕は公爵領での事業をガインに任せ、王都でのサロン運営をエルゼと分担しながら、牙を研ぎ続けた。
僕の魔力は成長とともに、より広範囲の精霊とリンクできるようになり、今やベルシュタイン公爵家は、王家さえ無視できない「経済と魔法の結節点」となっていた。
そして、ついにその日がやってきた。
十五歳の春。
公爵家の紋章が入った豪華な馬車の前で、僕は成長したルナを連れ、旅立ちの支度を終えていた。
背丈も伸び、顔つきも精悍になったが、瞳の奥に宿る「経営者」の光は変わっていない。
「アルフレッド様、お気をつけて。学園での『宣伝活動』も、抜かりなく手配してあります」
ガインが、頼もしい笑みを浮かべて頭を下げる。
「ありがとう、ガイン。……さあ、行こうか、ルナ。僕たちを『無能』と呼んでいた連中に、今の僕たちの『時価総額』を教えてあげよう」
『わんっ! 暴れていい?』
「……ほどほどにね」
馬車が動き出す。
向かう先は、利権と陰謀、そして青春が渦巻く王立魔法学園。
そこには、僕の「おもてなし」を必要とする、あるいは、僕の「制裁」を必要とする者たちが大勢待ち構えているはずだ。
第一章:完。
物語は、より華やかで、より苛烈な「学園編」へと加速していく。




