82.娼婦の矜持
地下倉庫での尋問の結果。
ルイーズは王家によって雇われた娼婦でしかなく、それ以上の情報は何一つ持っていなかった。
「私は何にも知らないし雇われただけよ!何が英雄よ、この暴力男!どうせこのまま私を騎士達にでも下げ渡すんでしょう!男の考える事なんて簡単にわかるんだから!」
ぎゃんぎゃんと繋がれた椅子の上で叫ぶルイーズを、セリウスは不機嫌極まりない顔で見下ろす。
「貴様如きの存在で騎士団の風紀を乱してたまるか」
もってのほかとばかりに言い捨てる彼に、ルイーズは「なによ!」と大きく叫んだ。
「女の首を絞めて床を引きずった男がよく言うわ!私はあんたみたいな女を見下す男が大っ嫌いなのよ!どうせ暴力で支配して慰み者にすればいいと思ってるんでしょ!さっさと殴りなさいよ!さあ!」
「話にならん。貴様は女以前に敵だろう」
「いやお前、女相手に首絞めてしかも引きずっただと?流石にやりすぎだろ...」
憮然と答えたセリウスに、ステラが信じられないと非難するように彼を見上げた。
「なぜ被害者の俺を責める」
セリウスがむっと眉を寄せる。
俺は悪く無い、とでも言いたげな彼にステラはじっとりと彼を睨みつけた。
「何が被害者だよ。お前のせいで酷い目にあったぞ」
「盛られた薬が悪い。君が“好きなだけ”と言ったのでその様にした」
「だからって殺す気か!?おかげで昼のサロンを欠席する羽目になった!ちょっとは反省しろケダモノ!」
「それは...少々、悪いとは思っているが」
「少々だと!?お前が全部悪い!」
気付けば完全に尋問を放置して目の前で痴話喧嘩をする二人に、ルイーズはぽかんと口を開けたまま。
するとステラに頭を引っ叩かれて苦い顔をしたセリウスが、責任を押し付けるように彼女を振り向いた。
「やはり貴様は処分する。転用するにも信用に値せず、情報も利用価値も無い。収監しても管理費の無駄だ」
今しがた妻に後頭部を叩かれていた男とはとても思えない、冷たく低い声で彼は言い放つ。
「はあ!?ちょっと待ちなさいよ!処分って処刑って事!?」
「夫婦の禍根になり得る女を無意味に生かす必要はない」
「理由があんまりだわ!!」
いきなりの宣言にルイーズが叫ぶが、セリウスは淡々と真顔で答えるのみ。
だが彼の気にする当のステラはと言うと、すっかり先ほどの言い合いを置き去りにして、ルイーズの使い道について考え込んでいた。
「うーん...。なんか使えそうな気がするんだけどなあ。それこそ容姿は良いわけだし、敵陣への潜入にも臆さない。殺しちまうのはもったいないんじゃないか」
価値のある人間をみすみす無駄にしたくはない。元来、人材をうまく活かす事に楽しみを感じるステラとしては、せっかく捕獲した獲物をただ殺すのは気が乗らないのだが。
「な、なんなのよあんた。私が憎くないわけ...?」
いきなり辺境伯夫人から容姿や能力を評価されたルイーズが、ぞっとした顔でステラを見やる。
夫を誘惑した女など、妻からすれば憎くてたまらないはずだ。貴族の男に呼びつけられる高級娼婦として生きてきたのだから、そんな嫉妬や憎悪を向けられるのは慣れている。
穢らわしい売女と揶揄され、時に冷たい水を浴びせられ、裸で窓から叩き出された事もあった。こうして縛り付けられた今はこの女に鞭打たれる事すら覚悟していたというのに、いったいどういう事なのだろうか。
「あのなあ、この結果のどこにあたしが嫉妬する要素があったよ?まあ一つ言うなら、お前のなんやかんやがこの腰の激痛と血まみれの枕カバーに繋がったって意味ではかなり恨むかもな...」
ステラはそう言って長くため息をつきながら腰をさすり、隣のセリウスが気まずそうに目を逸らす。
「だがとにかく、娼婦には娼婦なりの生き方があるんだろうし、その商売を否定はしない。今は捕えたお前をどう使うかの方が興味がある」
「...とんだお人好しね...」
呆れたルイーズが皮肉を良い、ステラをまじまじと見る。だがステラはからりと笑って答えた。
「勘違いしてもらっちゃ困るな。あたしとしては、夫へ手を出した王家に、お前を使って一泡吹かせてやりたいだけだ。...いや待て、お人好しだと?」
笑っていたステラがいきなりこちらを鋭い視線で見つめ返すので、ルイーズは思わず身構える。
「へえ、お人よしか!なるほどいい案じゃないか!」
ステラは再びそう言うなりぱあっと瞳を輝かせ、ルイーズの肩にぽん!と手を置いた。
「あたしはお人好しな辺境伯夫人だ!お前は辺境伯の誘惑には失敗したものの、まんまとあたしを泣き落としで騙したやり手の娼婦、そして王家と辺境の二重隠密になるってわけだ!」
「急に何を言い出すの!?」
瞳をきらめかせたステラへルイーズが大きく叫び、セリウスが目元を抑えてため息を漏らす。
「また突飛な思い付きを...」
そうこぼしながらも否定する様子のない彼に、ルイーズは焦って振り返った。
「いやなんであんたは止めないの!?仮にも夫でしょ!?」
「わからん奴め。この妻が止められるとでも思うのか」
「はあ!?また私を馬鹿にするわけ!?」
「やかましい。誰がそんなことを言った」
「キィーーッ!!腹立つ!なんなのこのクソ男!!」
セリウスの冷ややかな返答と騒ぎ立てるルイーズのやり取りに、見かねたステラが白い目を向ける。
いつだかファビアンがセリウスを「女嫌い」だとか「扱いが悪い」とか言っていたが、これほどまでに酷いとは。
「ほんっとうにお前の女への態度は最悪なんだな...」
「頭の悪い女は好かん」
つん、とそっぽを向くセリウスには全く顧みる色もない。もしこの夫に普通のご令嬢が嫁いでいたら酷い関係になっていたのでは、とステラは心底呆れながらもルイーズを振り返った。
「とりあえずだ。この案を引き受けなければ、お前はこのまま落ち目の王家もろとも断罪される運命だ。そうなりゃ結局、死刑は避けられないだろうな」
死刑、と聞かされたルイーズが「うっ」と声を詰まらせる。ステラは俯いた彼女の顎を取り、そこに畳み掛ける様に続けた。
「だが、お前には王家を欺けるだけの美貌と胆力がある。男だらけの紳士クラブに単身で乗り込み、うまく溶け込めた度胸と演技力。なによりこの堅物のセリウスを同情させ、密室に連れ込んだ実力は大いに評価したい」
ステラはエメラルドの瞳でルイーズを見つめ、彼女の瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「ルイーズ、お前は実にいい女だ」
そう言ったステラは心底嬉しそうに、にっこりと唇を上げる。背後のセリウスは「敵を褒めるな」とばかりに妻へ不満げな顔を向けた。
「......!!」
真正面から褒められたルイーズは目を見開き、しばらく言葉を失ってしまう。
...な、なんなのよ、この女。
夫にしか触れられたことのない貴族の女が、私の何をわかるって言うの。まるで私の今までの苦しみや努力を知ってるみたいに...!
......。
...目を見てちゃんと名前を呼ばれたの、いつぶりかしら。
そのまま唇をぎゅっと噛むと、彼女は顔を上げる。そして隙間から絞り出す様になんとか答えた。
「...ふ、ふん!わかってるじゃない!...そこまで言うなら、ちょっとくらいやってあげたって構わないけど!?」
目頭を赤くして視線を逸らした彼女は、どこか気まずそうにもじ、と身じろぎをするのだった。
————
「あ〜んな女を騙すなんて簡単だったわ!本当に世間知らずの心のお優しい奥様だこと」
「このわたくしに“もうそんな仕事で稼ぐ必要はないのよ”なんて涙して、お屋敷にメイドとして置いてくださるそうですわ!敵とも知らずに馬鹿な奥様!」
あははは!と高笑いをしたルイーズへ、待ち構えていた国王達はにまりとほくそ笑み合った。
「これだから愛だの正義だのと言う輩は馬鹿なのだ」
「英雄夫妻めは魔法公すら寛大な心で許した様だが、あのセオドアに利用されているとも気付かんのだろう」
「よくやった、ルイーズ。このまましおらしいフリを続けてあちらの情報を我々に全て流すがいい」
豪華な室内にたった数人しか味方が残らぬはずの彼らは、勝ち誇った顔で膝を叩く。
現実を見るだけの余裕が無いのだ。他人を貶めて笑わなければ、怖くてたまらないのだろう。
なんて愚かな老人達。
何ももう残っていないのに。
ルイーズは彼らを心の中で嘲笑うと、美しい金の髪を弄びながら微笑んだ。
「それなら一つ仕入れてきましたわ。なんでも彼らは魔物によって家を失った人々を辺境の軍に引き入れているとか。辺境の“英雄軍”は今や倍以上に膨らんで、魔法公の力で魔力すら習得しつつあるそうですわよ」
「な、なんだと!?」
「奴らめ、ついにこちらの城を攻め落とす気か!」
途端に慌て出した彼らは視線を泳がせ、震える指で慌てて煙草の火を消した。
「今城に残ったのは、あなた方と少数の使用人...兵士達も続々と彼らの元へ寝返っておりますわ。そろそろ亡命の準備をなさるべきではないかしら。ああ、わたくし怖ぁい!こんなところで死にたくなぁい!」
そう言ってわざとらしく国王に抱きつき、目尻に涙を浮かべるルイーズ。
そんな彼女の脳裏には、数日前に「いい女だ」と微笑んだ辺境伯夫人の姿が浮かんでいた。
こちらを蔑むはずの貴族の女に、それも誘惑した男の妻からあんな評価を受けるのは初めてだった。
今まで磨いてきた女を活かすあざとさも、男好きのする身体も、この美貌も、全部自分の為だった。
“いい女”なんて言葉は都合のいい口説き文句。欲を孕んだ視線で舐めまわし、私の身体を買う男から囁かれるもの。
———けれどあのステラという女は、私の目を見てそう言った。
私の力だけをあの目は見ていた。
ならば国王相手だろうと、泣き落としだってなんだって使ってやるわ。それが唯一の生き残る道で、この人生を認められた価値であるならば。
「民衆の前で公開処刑なんて絶対嫌よぉ!ね、逃げましょう?今がきっと最後のチャンスですわ!わたくしはそれをお伝えしに来ましたの!」
国王はその言葉にさあっと顔を青くする。
「そ、そうだ!今ならまだ間に合う!隣国に亡命を!」
「南のマルセレアなら受け入れてくれるのでは!?あちらは亡き王妃殿下の故郷でもある!」
「すっ、すぐに伝令を!マルセレア王に亡命を請うのだ!」
公爵達が揃って頷き、ばたばたと立ち上がり始める。そうよ、そのまま城をもぬけの殻にして逃げるがいいわ。どうせ亡命寸前に彼らに捕まるのでしょうけど。
「お願いですわ、国王陛下。南の国まで一緒に逃げてしまいましょう?」
ルイーズが促すように国王を見上げる。
だがもはや蒼白になった彼は答えず、黙ったまま。
「ねえ、陛下...」
するといきなり今度は顔中を赤黒くして、ぶるぶると震え出した。
思わず彼女は腕から手を離す。
こんな恐ろしい表情、人間ができるとは思えない。
ぞわりと粟立つ肌を押さえて壁まで引き下がった。
「...亡命なんぞ、するものか。わしには...王家には聖なる女神がついておるのだぞ...?」
「な、何を言うのです陛下...!?」
慌てて上着を羽織り直していた彼らが騒然とし、尋常でない王の様子に恐る恐る問いかける。
すると国王はゆらりと椅子から立ち上がる。
油ぎったこめかみに青筋を浮かせ、瞳孔の開いた瞳をぎらぎらと不気味に光らせた。
「この城は...我が国は渡さん...!聖女に再びの覚醒を促し、女神の泉を存分に飲ませよ!貴様らは神殿より全ての澱みの遺灰を持ち出すのだ!」
「遺灰ですと!?な、なりません!そのような事は...」
公爵の一人が慌てて声を上げる。
すると国王は彼を振り向き、不敵に笑った。
「逆らうならば灰にしてくれる。皆同罪なのだ、我が王家は全てが罪に塗れながらこの血を繋いで来たのだから」
国王の手から黒い炎がぶわりと燃え上がり、異を唱えた公爵の首を締め上げる。
「やっ、やめ...!」
裏返った悲鳴と同時に、ゴオッ!と音を立てて燃え上がる公爵。
「ひぃ...ッ!!」
目の前で言葉通りに灰となって崩れ落ちたのは、今の今まで人だったもの。震えて後ずさる彼らへと空色の濁った目を向けた国王は、両手を高く掲げて笑った。
「奪われるなら、奪えぬ城にしてしまえばいい!!信仰など恐怖で生み出せばいい!!」
「...っ」
もはや誰も声を発する事は叶わない。
空虚な広い室内に、しわがれた声だけが反響する。
「女神は我らに微笑み、王国は我が手に栄え続ける!!!」
大変お待たせしました!
次回、物語が大きく動きます。
いつもリアクションや感想が大変励みとなっております。




