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【コミカライズ進行中】聖女様、夫は返していただきます  作者: 蟹子@【聖女様、夫は〜】コミカライズ進行中
革命編

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81.誘惑の対処法




 セリウスへと美しい笑顔を向けてルイと名乗った男は、そっと彼の側のソファへと腰掛ける。


「お会いできて光栄です。しばらく療養の為に王都を離れておりましたが、一度英雄殿にお会いしてみたくクラブに入会を...」

「左様ですか」


 セリウスは普段通り簡潔に答えるのみ。

だがルイは嬉しそうに彼に話しかけた。


「その、魔術を使って魔物を討伐されるとか。サイクロプスやグリフォンを倒したとお聞きしました。ぜひお話を伺いたく存じます」


 高い声できらきらと瞳を輝かせる姿はまるで少年のよう。未だあまり自分の話をするのが得意ではないセリウスは、その瞳の輝きに若干身を引いた。


「ははは、ハルティエ令息は英雄伝説に夢中でね」

「ここ3日間ずっと英雄殿にお会いしたいと息巻いておられたのですよ」


 微笑ましげに紳士達に言われ、彼は「お恥ずかしい」と照れたような顔をする。


「どうか英雄譚をお聞かせ願えませんか。わたくしは身体が弱く、あまり外出が出来ません。おそらく長くも生きられぬ身...ぜひ憧れの辺境伯殿のお言葉を持ち帰り、療養中の心の支えとしたいのです」


 ルイは真剣な面持ちでセリウスへとずいと迫り、思わずセリウスはさらに身を引く。しかしその儚げな願いは、年上の紳士達の同情を誘ったようだった。


「これは私達が英雄殿を独占するのも良くないね」

「辺境伯殿、ぜひこの青年に聞かせてやっては?」

「なんでも心臓の病だそうでね...。若い身で実に不憫ではありませんか」


 口々にそんな事を言われ、セリウスは「...そういう事であるなら」と言葉を返す。

心臓病はまだこの国では不治の病だ。箱入りの青年が英雄譚に憧れるのもやむなしか。


「なんと、よろしいのですか!ああ、これで寿命も伸びるというものです...」


 ぱあっとまた瞳を輝かせたルイは、言い終わるやいなやゴホゴホと苦しそうにむせこんだ。


「失礼、煙草の煙が...」

「これは良くない!君、部屋を移動したまえ」

「も、申し訳ありません...。しばし、奥をお借りします」


 咳き込みながら立った彼がふらつき、セリウスは付き添うように肩を支えて席を立つ。

 線の細い体は男には小柄かつ華奢で、ほとんど筋肉を感じさせない。よほど身体が弱いのだろう、これでは長く持つまいとセリウスは気の毒に思うのだった。



・・・



「ああ、随分と息が楽になりました。感謝します、ヴェルドマン卿」


 遊戯室から移動した彼は、安堵の微笑みを浮かべて息をつく。

そしておもむろに懐に手を入れると、小さな包みを取り出した。


「少し薬を飲んでも...?」

「ええ、構いません」


 遊戯室の奥に設けられたこの仮眠室は薄暗く、ひと組みのソファと仮眠のためのベッドが並べられているだけ。

 ルイはベッド脇置かれたサイドテーブルから水差しを取り、グラスに注いだ。そして彼はさらりと粉薬を舌の上に流し入れると、水を口に含む。


 少し酔いの回ったセリウスが胸元から銀時計を取り出した。盤面を指す針はおよそ11時半。あと半刻で戻れる事に彼は安堵する。この青年とある程度話して適当に切り上げるか、などと考えたその瞬間。

 グラスを持って戻ったルイの身体がふらりとこちらへと倒れ込み———二人の唇が重なった。


「!?」


 口内に流し込まれる甘苦い液体。

毒か、とセリウスはルイを突き飛ばしすぐさま床へ吐き出すが、舌の上は痺れたまま。


「貴様、何を」


 唇を拭いながら口にした瞬間、くらりと襲う眩暈。

途端に燃えるように熱を持つ身体、音を立ててどくどくと脈打ち始める鼓動。油断した。いったい何の毒だ、神経系のものか、と思考を素早く巡らせるがもう遅い。


「あら、辺境伯様は口付けをご存知ないの?」


 すると目の前の床に倒れていた男が、するりとジャケットを脱ぎ捨てた。

 現れたのは上着より二周りは小さく華奢な肩、タイを解かれたシャツから覗く谷間と豊かな膨らみ。上気した肌に赤く色づいた唇、解かれて流れ落ちる金の髪は、彼が女である事をまざまざと見せつけていた。


「つまり、まさか...」

「ええ。その薬、よく効くでしょう?」


 吐息混じりの声で彼女は囁き、ゆっくりと立ち上がると彼に近づく。


「尊き身分にしか使用を許されぬ、人を狂わせる媚薬...あなたほどの堅物でもきっと抗えはしないわ」


「くっ...」


 くらくらと襲う眩暈が足元をふらつかせる。

早くここから立ち去らなくては。セリウスはソファから立ち上がったものの、背にした壁に寄りかかる形となった。

 

「ねえ、どうかわたくしのことはルイーズと」


 彼女は妖艶に微笑み、動けぬセリウスの胸元に寄りかかる。やわい膨らみが押し付けられ、胸元から甘ったるい女の香りが立ち上り彼の思考を曇らせていく。

 

「少女の姫君には興味を持てなかったようだけど、こういう女は嫌いじゃないのでしょう?」


 ルイーズは彼の手を取ると、自分の体にその手のひらをゆっくりと滑らせた。


「あなた好みの、豊満で、ほどよく締まって、張りのある“女の身体”...。好きなだけ味わい尽くしてよろしくてよ」


 耳元でくすぐる様に囁く優艶な女の声。

思考を揺るがす眩暈と、否応なく荒くなる息。

強制的に肉体を支配されていくような感覚に、彼の中に苛立ちと焦燥が滲んでいく。


「ねえ、“セリウス”」


 とどめのような甘い呼び声。


「...っ!」


 抗う様に壁についていた彼の指が、ついに浮き上がって彼女へと伸ばされる。

ルイーズはうっとりと体を預ける様に瞼を瞑り————




 ————目を開けば、喉元を押し潰されていた。


「この名を呼んでいい女は、貴様ではない」


 返された言葉は低く、怒りで室内を震わせる。


 ぐ、と首元を締め上げる彼の大きな手。

声を上げようとするほど息が詰まり、喉がきつく絞られていく。


「かっ、...ひゅ...っ」


 間抜けな音が喉から漏れ出て、つま先が浮き上がる。じたばたと暴れて彼の手を無心で掻くも、より酸素が足りなくなるばかり。


「媚薬を使わなければ迫れぬような女に、俺が手を出すとでも思ったか」


 地鳴りのような声で吐き捨てるなり、彼はぱっとその手を手放す。

どしゃっ、と床に崩れ落ちた彼女に背を向けると、おもむろにセリウスは壁へ手を付いた。

くらつく身体を支え、彼は呟く。


「...人為的な興奮など、痛みの前には無意味」


 セリウスはガンッ!!と思い切りレンガの壁面へ額を打ちつけた。二度、三度、とぶつける激しい音にルイーズが縮み上がる。


「なっ、何を...!?」


 ルイーズは頭がおかしくなったのか、と咳き込みながら見上げる。セリウスは壁から額を離すと、ゆっくりと彼女へ向き直った。


「無駄に下へ集まった血は、上から抜いてしまえばいい」


 目の前には額から顎まで多量の血をぼたぼたと滴らせて、威圧する様に口の端を吊り上げる男。

赤黒い血の中から金の瞳がぎらりと見下ろし、思わずルイーズは「ひっ」と声を上げて後ずさる。

 しかし追い詰める様に腰を下ろしたセリウスは、彼女の襟元を掴んで低く囁いた。


「貴様は王家の手の者だろう。敵の陣中で姿を明かすとは少々頭が足りなかったな」


 彼はそう言って立ち上がると扉を開き、彼女を引きずったまま遊戯室へと足を踏み入れる。

 充満する煙草の煙の中へと現れた彼の異様な姿に、周囲が驚いて腰を引いた。


「なっ、ど、どうしたのです、その姿は!?」

「この女に媚薬を盛られたので血を抜いた」

「つまりどういうことです!?」

「というか彼が女...!?まさか、本当に...」


 ざわめく彼らが、床に引き摺られた女の姿に絶句する。わざとらしくはだけた胸元は下着すら身につけておらず、彼らの目にも彼女が辺境伯を狙ったものと明らかだった。


「ファビアン、起きろ。帰るぞ。敵の身柄を拘束した」


 ゆさゆさと肩を揺らされたファビアンが目を見開けば、そこには額から胸元まで血を滴らせた親友の姿。

しかもその手にはあられもない姿をした女を引きずっているではないか。


「ウワーーーーッ!!!なっ、なっ、何事!?!?どうしたのその血!?ていうか誰それ!?」

「敵の女だ」

「いやもうちょっと詳しく!!」

「話している余裕はない、帰る」

「いやいやいやまってまってまって」


 セリウスは訳も分からず叫ぶファビアンの襟首もぐっと引き上げると、そのまま馬車へと引き摺っていく。彼の歩む後にはぽたぽたと落ちた血が、引きずるルイーズによって引き延ばされて行く。


「何が何!?なんで君は血を出してて、この人はおっぱい出してんの!?」

「馬車で話す。ラウール、何か縛るものを。後で尋問する」

「はい旦那様。お手当ては...」

「いらん。勝手に止まる」


 紳士達があまりの騒動に震え上がり、少女のように口元を抑えて見送る中。セリウスの乗り込んだ馬車は鞭の音をぱしんと響かせ、夜の闇へと去っていくのだった。



————



 とっぷりと日が落ち、とうに夕食を済ませたステラは夜着の上にガウンを纏って紅茶を傾けていた。


 セリウスは無口なくせに、彼が居ない夜はしんと静かだ。軽口で笑い、暇さえあればこちらを抱き寄せる体温。それらが少し無いだけで何かが足りない様な気になるのだから、慣れとは不思議なものである。

 などと思っていれば、ティーポットにカバーを掛け直したジェンキンスが月を見て微笑む。


「そろそろお戻りかと」


 彼の言った通り、もうすぐセリウスが屋敷に戻ってくるのだろう。

 どうせまた疲弊し切った情けない顔で「疲れた」とか「もう行きたくない」だとか、文句とも甘えともつかない愚痴を言うんだろうな...、とくすりと笑みを浮かべたその瞬間。


 バン!!と扉が大きな音を立てて開かれる。


 何事かと振り向けば、額からだばだばと血を流した夫の姿。しかもその息はやたらと荒く、目は座り切っているではないか。

 そして背後には何故か、気まずそうなファビアンがなんともいえない笑顔で佇んでいた。


「なっ、何!?どうしたお前、なんだその血!?」


 思わず声を裏返して立ち上がれば、立ちすくんだ彼はこちらを見て一言。


「君は好きなだけ甘やかすと言った」

「はあ...?」


 何で今それを、と口にし掛けるも束の間、そのまま歩み寄った彼にいきなり抱き上げられてしまう。


「うわあっ、何!?」


 カップを床に取り落として叫ぶものの、彼は全く聞き耳を持たず、ずんずんと寝室への階段を上がって行くばかり。


「まてまてまてまて、お前これ血が、なあちゃんと話を...!」


 腕の中のステラが血に濡れる夫へ悲鳴に近い声を上げながら遠ざかって行く。

 ジェンキンスが落ちたカップをやれやれと拾い上げ、ファビアンが「がんばれ奥方様ー」とひらひらと手を振って見送る。


 遠くでバタン!と閉められた扉の向こうで「ぎゃーっ」とステラの叫び声が高く響いた。


「...というわけで、僕も帰ろうかな」

「どうも、ご苦労様でございました」


 あらましをジェンキンスへと話し終わったファビアンは、持された茶菓子を片手に転移門を潜るのだった。




誘惑の対処法(脳筋)でした。

いつもリアクションが大変励みとなっております!

感想等いただけますと作者がとっても喜びます〜!

いつもお読みいただきありがとうございます!

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