79.革命
「これはいったい、どういう事だ!!」
王城の一室にて、国王が机にガン!と拳を振り下ろす。マホガニー製のティーテーブルの上でグラスが踊り、満ちたワインが天板に溢れた。
「何故今ごろ彼奴らは王都に戻ってきた!英雄だの真の愛だのと貴族どもを惑わせ、その上辺境の戦が王家絡みと吹聴しているそうではないか!」
国王はわなわなと口髭を振るわせ、魔法公を睨みつける。
「そもそも魔術師の絵だなどと、何故そんな証拠が上がるのだ!セオドア!お前は間違いなく隣国の兵の姿で蛮族の前に現れた筈だろう!」
唾を飛ばして怒鳴った王に、向かい合って掛ける魔法公———セオドア・フォン・アストラルは穏やかに微笑み返した。
「間違いないとも、アルベリク。あれはまだ私が30代だったかな?従兄弟である君の言いつけで蛮族を欺いた日の事は忘れもしないさ」
魔法公はそう言って優雅に足を組み直す。
「私と率いる魔術師達は隣国の軍服で平原を訪れ、隣国の兵を名乗った。しかし、けしかけた魔物を魔術を使って葬ったのも事実だ。おそらくその救済を称えてわざわざ絵に残してくれたんだろう」
ぐぬ...、と唸って額に脂汗を浮かべた国王に、彼は諭すような口調で言う。
「何を怯えているんだ君は。辺境伯夫妻は小さな違和感に気付いたに過ぎない。せいぜい、君の立場を追いやる為の口実だろう」
「そうだ...姫を貶めたのみならず、あ奴らはまだわしの失墜を狙っておる...。辺境の田舎貴族の分際で盾付き、国を牛耳れる気でおるのだ...」
国王は肩を震わせたまま、溢れたワインに視線を落とした。赤く広がったそれは、彼の都合の良い野心の為に流された血を思わせる。
対照的に青くなっていく国王に魔法公は内心で冷ややかな感傷を向けながら、包み込むような笑顔を形作った。
「なに、私に任せたまえ。私は魔法宮の管理者なのだから、過去の偽装などいくらでも出来る」
彼はそう言うと、立ち上がって国王の方にそっと手を置く。
「そうだ、せっかくなら私自ら表に出て、それら全てを否定しようじゃないか。堂々と魔法宮の門前で公開会見をするのはどうかな。辺境伯夫妻を呼び込み、控えさせた魔術師達で“王家の名を辱めた”として捕えてしまうんだよ」
魔法公はさすっていた肩へぐっと力を込める。
そして国王の耳元へと囁きかけた。
「国民を黙らせ、英雄気取りの息の根を止めてやろう」
————
魔法宮による“陰謀論への会見”の情報は、王家の遣いによって直ちに新聞屋へと持ち込まれた。
「号外号外!魔法宮で公開会見が行われるそうだよ〜!なんとあの魔法公が辺境伯夫妻とご対面!公爵家達もわざわざ立ち合いをするそうだ!」
王都中にばら撒かれたそれらの内容はたちどころに話題を攫い、加えて辺境伯夫妻は魔法公から手紙が届けられた旨を公表した。
「ついに魔法宮側が声明を出すそうだわ」
「魔法公自ら辺境伯夫妻の質疑にお答えになるとか」
「ふん、王家の飼い犬だろ。英雄夫妻の前でどんな言い訳をするのやら」
「こりゃ見に行かねえとなあ!」
王家に懐疑的な群衆は、貴族も平民も問わずこぞって魔法宮の門前へと群がった。
王城の北に建てられた魔法宮は王家によって管理され、貴族であっても立ち入りを許されていない。常に硬く閉じられていた門が大きく開かれ、聳える塔の足元を彼らの前に晒す。
「ようこそ、紳士淑女の皆様。どうぞご静粛に」
彼らがぞろぞろと門の奥へと進めば、塔に繋がる階段の上、ローブを纏った魔法公が優雅に待ち受けていた。その背後には見届け人として公爵五家の当主が座に控え、両脇の石畳の通路には多くの魔術師達が隊列を組んでいる。
物々しい雰囲気に、詰めかけた民衆が声を潜めて開始を待つ。
その間にも馬車が新たに到着しさらに人が増え、押し合う人々が小さな小競り合いを始める。ひしめく人々で埋まった魔法宮の門前は、まるで飴に群がる蟻の群れのよう。
すると、おもむろに低く落ち着いた声がざわめきを切り裂いた。
「直接のご対面の機会を頂き感謝致します、魔法公殿」
馬車から降り立ち、門前で壇上の魔法公を見据えたのは辺境伯。側には美しい夫人が彼に寄り添い、凛と背筋を伸ばす。
「よく来てくれたね、ヴェルドマン卿とその奥方。さあ、前へ」
魔法公に促され、二人は人々の開いた道を歩み、悠然と階段を昇って行く。魔術師達が彼らを警戒するように睨み、控えた公爵達がほくそ笑んだ。
「何も知らぬとは、実に哀れな」
「英雄などと気取ったばかりに」
扇子の裏で囁き合う彼らの声を聞き、魔法公は目尻の皺を深めてみせた。彼らにとって辺境伯夫妻は火に向かって飛ぶ虫程度にしか見えていまい。
壇上に上がって向き合った二人へ、魔法公は両手を広げてみせた。
「“英雄夫妻”の噂はかねがね。会えて光栄だよ」
「こちらこそ、お招き光栄にございます」
余裕を纏った笑みを向けた彼に、辺境伯は微笑み返さず胸に手を当てた。
「この度は、私ども夫婦の疑問にお答え頂けるとのこと」
小さく息を吸い、彼は切り出す。
「...単刀直入に申しましょう。あの20年前の戦に魔法宮の関わりがあったのか、そうであるなら魔術師が平原にて何を行ったのか、お教え頂きたく存じます」
はるか格上を前にして臆さず、はっきりと告げられた声。その言葉は見守る人々の前に響き渡り、彼ら群衆は一同に唾を飲み込んだ。
「良いだろう。この魔法宮を四十年余り統べてきた魔法公であるセオドア・フォン・アストラルが、その問いに答えよう」
固唾を飲んだまま答えを待つ民衆達。
すると、魔法公は一度公爵達を振り返った。
そして楽しげな笑みを返した公爵達の表情を視界に収めると、辺境伯夫妻へと視線を戻し————
————二人の前に跪いた。
「魔法宮が戦に関わった事は、紛れもない事実だ」
どよめく民衆と大きく目を見開いた公爵達。
しかし魔法公は続けた。
「20年前、私は国王陛下の命にて魔術師達を伴ってかの平原を訪れた。巨大な魔力澱みを出現させ、悍ましい魔物によって平原の民を襲わせたのだ...」
「そんな...!」
「何故そのような事を...」
夫人が口元を押さえ、辺境伯が魔法公へ眉を寄せて見つめ返す。魔法公は彼の金の瞳から目を逸らさずに答えた。
「先代聖女...今は亡き王妃殿下の力の増幅の為だ。私達魔術師は、隣国の兵と偽って彼らを魔物から救う振りをした。そして見返りにと、辺境伯領を襲うように平原の民を焚き付けたのだ」
彼の告げた真実を受けて夫人が言葉を失い、辺境伯が怒りに硬く拳を握る。公爵達が狼狽えた視線を交わす傍ら、民衆達は大きくざわめいた。
「なんてことを...!」
「王家が内乱をわざと引き起こすなんて」
「悍ましい...!」
彼らの言葉が熱を持ち始めるのを確かめながら、魔法公はさらに大きく告白する。
「全てが王家による策略だったのだ。王国の守り手である辺境伯が“蛮族”を滅ぼせば平原が手に入り、国民は勝利へ沸き立つ。聖女の力の源である“民の信仰心”は高まるという目論みだった...」
「そんな...、そんな事のために...我が一族は...!」
「我々は踊らされたと言うのか...!」
茫然と立ちすくむ夫人がエメラルドの瞳からはらはらと涙を溢し、辺境伯が強く抱き寄せて奥歯を噛み締める。
魔法公は悔しげな表情で彼らに頷いた。
「我々魔術師は王家に囚われ、逆らう事は不可能だった...。だが今こそ、全てを明らかにし償うべきだ」
そこまで言い切った彼は顔を上げ、王家の誇る空色の瞳で公爵達を睨みつける。
「そうだろう、公爵家諸君。君たちが国王と共に謀を企て、罪なき彼らに戦を引き起こさせたのだ!」
途端に目を泳がせた公爵達が席から立ち上がり、冷や汗を纏う。
「まっ、魔法公!なんと言う事を!」
「我々を裏切るとは!」
「いったい何を言っているのかわかっているのか!」
同時にローブを翻し、公爵達へ手を翳す魔術師達。
「ひっ」と息を飲んで固まる彼らを背に、魔法公は辺境伯夫妻へ再び深く頭を下げた。
「辺境と平原は決して滅ぼし合う運命ではなかった。これは我々王家の過ち、我々の罪...」
首を垂れて黙り込んだ彼を辺境伯夫妻はしばし静かに見つめ、二人は互いに顔を見合わせると頷き合う。
そして打ち合わせ通り、俯く魔法公へと穏やかな微笑みを形作った。
「...魔法公殿、どうか顔をお上げ下さい」
「貴方の罪は歪んだ王家によるもの。ここで貴方を罰する事をわたくしたちは望みません」
未だ消え去らぬ怒りを押し留めた辺境伯と、涙の跡を頬に残した夫人。魔法公は信じられない面持ちで見つめ返した。
「...私は、君達の仇のようなものだ。どうしてそう手を差し伸べられる...」
巧みに震えた声で問うた彼に、二人は(よく言うものだ)と思いながらも、表情を変えず真っ直ぐその顔を見据えた。ここで英雄らしさを損なってはならない。
「貴方は魔術師達を統べる者。そして、王家によって囚われてきたと申された」
「過去を取り戻す事は出来ません。しかし魔法公様にはまだ導くべき者達がお有りでしょう」
魔法公はその言葉にわざとらしく息を呑むと、しばし瞼を閉じて噛み締める振りをする。そして彼はゆっくりと、二人に背を支えられて立ち上がった。
「お許しになるとは、なんと情け深い...」
「やはりお二人こそ英雄だわ...」
辺境伯夫妻の慈悲へ民衆達が感嘆し、思わず喉を震わせる。
「ああ...、君達がなぜ民達に英雄と呼ばれるのか、思い知らされたよ...。その高潔なる精神こそ、まさに女神に選ばれし英雄と言えよう」
魔法公は心からの敬意を表すように胸元に手を当てた。
「君達が言った通り、私は囚われた魔術師達を解放し、この国を変えたいと望んでいる。王家の血として過ちを正し、閉ざされた魔法宮より魔術を全ての国民へ広め、国を脅かす魔力澱みを消し去りたい」
魔法公の紡ぐ言葉は真摯で驕らず、聡明な賢者の姿を見せつける。すると魔術師達の手で拘束された公爵達がたまらず激昂し、激しく唾を飛ばした。
「よくも魔術師の分際で!」
「貴様如きが王座を望むと言うのか!」
「その為に我々を嵌めるとは!」
いったいどちらが先に嵌めたと言うのだろうか。
あまりに傲慢な彼らの言葉に、辺境伯夫妻は振り向くとそれぞれの手に激しい稲妻と火花を纏わせた。
「口を慎まれよ、公爵方。我々とて今や魔術師、望めばそちらを焼き殺せる事をお忘れか」
「我が血族を滅ぼした罪、今償っていただいても構いませんのよ」
音を立てて炸裂する魔力に民衆が息を呑む。
これで辺境伯夫妻の魔力が、民衆の目に事実であると明らかとなった。瞬時に青ざめた公爵達を尻目に、言い捨てた二人は魔法公へと向き直る。
さあ、互いが踏むべき手筈は全て整った。
邪悪なる王家によって滅ぼし合うように仕向けられた悲劇の血の末裔と、王家に利用された魔術師。
国民の憎悪は国王とその派閥へ向けられ、自ら罪を告白した魔法公は善き魔法使いと見なされたことだろう。
「国を正すと望むのならば、我らの志は同じ」
「王家の進むべき道を辺境は支持いたしましょう」
夫人が微笑み、辺境伯が右手を魔法公へと差し出した。それはあの日の握手への意趣返しとばかりに、セリウスは唇の端を僅かに上げて挑発する。
「さあ、手をお取り下さい。魔法公殿」
魔法公は小さく吹き出すと、辺境伯の手をがしりと取って頷いた。
「王国の未来を共に創ろう、英雄殿」
しっかりと群衆の前に握手を交わした英雄夫妻は、大きく彼らに向けて宣言する。
「今こそ腐敗と陰謀の王に復讐を!」
「信を裏切りし国王を打倒し、新たなる善き王の為に!」
喝采と熱狂が彼らを包み、歓声が王都へと響き渡った。革命の焔が人々の瞳に燈り、それぞれに拳を振り上げて彼らは叫ぶ。
「英雄夫妻を讃えよ!」
「我らの善き王の為に!」
「腐敗を滅し、王家に鉄槌を!!」
魔法宮と民意を掌握し、目障りな公爵家を捕えた今や、王家の護りは目に見えるほど脆くなった。
さあ国王め、首を洗って待っていろ。
ステラは魔法宮より遥かに大きく聳え立つ王城を見据え、握った拳の中に爪を立てた。
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