78.水面下の撒き餌
「ふふ...ははは!これはまったく面白いことを考えるものだ!辺境伯夫人、君は素晴らしい劇作家だな」
アストラル魔法公が大きく笑い声を上げた。
「まさか私が“英雄を導く賢者”とはね...。正直なところ、主人公より向いている役柄と言えよう」
しばらく笑った彼は息を逃すように口元を抑え、ようやく長く吐き出す。
そして試すようにステラをちらりと見やった。
「...そうなれば根回しが必要となるが、あまりわざとらしくてはいけないね。慎重な話題に夜会は向かないだろう」
夜会は一堂に多くの貴族が集まるのだ。
辺境伯夫妻の人気は高まっているとはいえ、地方伯爵の身分で王族へ接触を図りたいなどと公に話せば調子付いていると反感を買いかねない。
「そこについても考えはある。セリウス、お前は紳士クラブに誘われていただろう」
頷いたステラがセリウスを振り向く。
紳士クラブとは、男性のみの社交の場だ。
貴婦人のサロンと同じく紹介制でクラブハウスへの出入りを許可され、食事やチェスなどの室内遊戯、時には賭博や狩猟も催される。
高位のクラブは会員申請に待ちが発生するほどに入会基準が厳しく、そこに属するのは貴族紳士の憧れである。
だがセリウスはその話を振られるなり、苦々しい顔をした。
「...何が楽しいのかわからん集まりだ...」
対して仲良くもない他人と集まり、わざわざ食事や遊びに興じて何の意味があるのだろうか。そう言わんばかりに眉を乗せた彼へ、予想通りとステラが肩をすくめた。
「まあ、お前はそうだろうな。だがクラブは規模も小さく、夜会に比べりゃ秘匿性がある。あたしが夫人のサロンで、お前が紳士クラブでさりげなく噂を広げるんだよ。正直そっちがうまく他人と打ち解けられるかは不安だがな」
「......」
セリウスがますます眉を寄せる。
そもそも社交は苦手というより、彼にとっては苦痛に近いのだ。よほど気を許した相手でなければ、笑顔を返そうとすら思えないというのに。
これまでの演技はステラに対して向ける笑顔だからこそ、なんとかこなしてこれたのだ。重要な会議ならまだしも、興味のない男達と中身のない談笑をしろななどと無理にも程がある。
セリウスが渋い顔を隠さずにいると、見かねたファビアンが彼に笑いかけた。
「まあまあセリウス、そこについてはきっと問題ないよ!だって君、前にもやってたじゃないか。ひたすら奥方様の惚気話をするなんてさ」
彼はくすくすと肩を震わせる。
事実、聖女を失脚させる為に“全ての会話を惚気話で返す”というやり方は既に何度も実行していた事だ。
今やとうにそれが戦略でも演技でも無くなっていることは、誰の目にも明らかだが。
「あとは剣を愛し、民を想い、厳しい辺境統治に追われる無骨な辺境伯のままでいたらいいさ。“何が楽しくて生きてるかわからない表情筋ゼロの寡黙な騎士。なのに妻の話題を振った瞬間いきなりお花畑になる”なんて面白すぎる男、みんな大好きに決まってるもの!」
「...馬鹿にしていないか、それは」
「ギャップは長所ってやつだよ、セリウス!クラブ参加の理由だってそのまま言えばいいのさ!“本当は社交は苦手だが、平原との戦の真実が王家にあると知り、手掛かりを求めてきた”ってね。君ほどの美男が真っ直ぐな目をして頼れば、おじさま達もいじらしい若者に絆されちゃうって!」
にっこにっこと捲し立てたファビアンへ、魔法公まで「確かに、中年が真面目な若者に弱いのは事実だよ」と微笑みを浮かべる。
「それは媚びではないのか」
「別にぶりっこしろなんて言ってないでしょ。君は作戦も社交も奥方様に頼り切りなんだから、たまにはいいとこ見せてみたら?」
「ぐっ...」
気の乗らない顔をしたセリウスだが、ファビアンにばっさりと切られて低く唸った。
先ほどの話の節々には多少引っかかるものを感じつつも、誰より社交的で人たらしなファビアンが言うならおそらく間違いはないのだろう。
「ならファビアンが補佐役ってのも悪くないな。聞けば、ルカーシュも研究職のクラブに所属しているんだろう?セリウスを連れ回してやってくれないか」
「私ですか?もちろん構いませんが...」
ステラに促されたルカーシュがちらりとセリウスを見れば、彼はますます「行きたくない」と言わんばかりの顔をする。
研究者達に囲まれて専門的な学術の話に付き合わされ、魔術や魔物について質問攻めに合うのは不本意極まりないのだろう。うっとおしい!と振り払いたいのをじっと堪える彼の姿が目に浮かぶようで、ルカーシュは苦笑いをした。
————
「我が家の書庫の奥から、何冊も平原の民に関する文献が出てきたのです。そこには確かに、二代前まで辺境伯家と支え合っていた記述がありました...」
サロンへと招かれたステラは持ち前の社交力でうまく立ち回り、辺境と平原にかつて親交があったことを夫人や令嬢達へ広めていた。
悲劇のロマンスに隠されたミステリと来れば、興味をそそられない筈がない。目に見えて目を輝かせる彼女らに、ステラは続ける。
「なぜ助け合っていたはずの両者が、滅ぼし合うまでになったのか...。わたくしたちは平原を調べ、あるものを発見したのです————」
わざとらしく溜めて息を顰めると、好奇心に駆られた女性達が揃って身を乗り出した。
「————それは巨大な魔力澱みと魔物による虐殺の跡、蛮族の幕屋に残された平原に訪れぬはずの“魔術師の絵”...。もしや魔法宮が戦の真実を知るのではと、我々は王都を訪ねた次第です」
セリウスが招かれたクラブハウスでそう告げれば、囲む紳士達が「なんと...」と感嘆の声を漏らした。それも完全にファビアンの計画通り、辺境きっての社交担当の手のひらの上である。
「ねえねえセリウス、トランプのお誘いだって!」
「俺はいい」
「じゃあスコッチと煙草は?うわっすんごい年代モノ!」
「好まないので遠慮する」
親友を介してすらビリヤードや賭け事に乗らず、勧められようが煙草も吸わぬ噂通りの堅物男。
「まったくセリウスってば、奥方様がいないとムスッとしちゃってさあ〜」
呆れた様子を見せる友人の言葉に、誰か一人が「奥方様とはどのようにお過ごしで」と軽く振ってみた途端。
一転して辺境伯の表情が柔く解けた。
「妻には知らぬものを教わる日々です。自然と自由を愛する彼女は季節の食を楽しみ、手ずから矢羽を結い、弓を張る...」
「こいつったらすっかり奥方様に夢中なんですよ〜!もう目尻は下がるし、尻に敷かれちゃってて!」
「そんなことはない」
「あるある〜」
返ってきたのは甘い惚気話と、照れたような反応。
圧を纏う近寄り難い空気から、筋金入りの愛妻家と化した落差が与えた衝撃は大きい。
「愛妻家とはお聞きしていたが、まさかこれほどとは」
「己はそれほど妙な反応をしておりますか」
「いえ、惚れた男はみなそうなるものですよ。こちらもつい若かりし新婚時代を思い出してしまいますなあ...」
「ははは、ツェレリ卿も若さに当てられましたか」
硬派な英雄の見せた人間らしさに沸き立つ紳士達。
微笑ましい無骨な純真さは、擦れ切った貴族間の社交に飽いた彼らの青い思い出を効果的にくすぐった。
そんな若き辺境伯が、真面目な面持ちをしてこう言うのだ。
「彼女のルーツである平原の民の過去を知りたいのです。辺境を治めるものとして、民族を滅ぼした血として、真実を把握せねば真に妻を愛したとは言えない」
膝の上できつく握られた手は、彼の背負う覚悟を想わせる。気付けば絆されてしまった紳士達の頷きには、自然と熱がこもってしまうのだった。
そうして二人が魔法宮へ接触を望む噂は、真実を求める愛として水面下で広まって行く。
王家の陰謀を仄めかす内容は、表面化しないまま貴族から庶民にまでも囁かれることとなった。
「つまり蛮族は敵じゃなかったってことなのかい?」
「共生の誓いなんて記述が見つかったらしいな」
「魔術師はみーんな魔法宮に召し抱えられてんだ、王家が関わってなきゃ辺境なんかに現れるはずないだろ」
「そもそも辺境の蛮族なんて呼び名は、わしらの若い時代にはなかったんじゃ。ここ20年ほど前に、いきなり王家が蛮族討伐だと言い始めて存在を知ったくらいでのう」
「なんだいそりゃ、きな臭い話だねえ」
酒場や井戸端で増していく、王家への不信感。
もはやそれは王都中に蔓延し、さらなる王家の権威の失墜を確かなものにしつつあった。
その噂の当事者である王家が、都の刺すように冷えた空気に気付かぬわけもない。
国王はこれ以上の民心の離反を恐れ、ついに魔法公を秘密裏に城へと呼び出す事となる————
次回、王家が...!?
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