77.賢者
社交界に舞い戻った辺境伯夫妻の噂は、瞬く間に王都の貴族間に広まった。
ステラがまことしやかに語った“愛による魔力覚醒”は、ローリエン夫人を中心にあの日会場に集まった人々によって、新たな女神の加護として熱狂的に伝えられていく。
そんな噂を背に、ステラとセリウスは魔力澱みに苦しむ領主達の元へと訪れては、圧倒的な戦力と魔力で主級の魔物を打ち倒している。
聖女の代わりに澱みを消し去る英雄的活動で、英雄譚の実績を事実として積み上げていた。
「これで魔物討伐も3件目か。王都に戻って二週間ぽっちにしては、悪く無い成果じゃないか?」
ステラが三つ首を失った大犬の上に腰掛け、双剣を腰の鞘に収める。
それはまるで小山のような大きさの主だが、討伐に掛かった時間は僅か数刻ほど。実戦を重ね魔力の扱いに慣れてきた今では連携も上達し、格段に討伐速度が上がっていた。
「ああ。双子によれば、マハリークの宣伝効果も良好らしい」
首を断ち切った剣を引き抜き、血に塗れた刃を拭き取りながらセリウスが答える。
機動力の高いステラが撹乱し、火力の高い彼がとどめを引き受ける。翻弄するように翻る炎と、派手に炸裂する稲妻の大技。
息の合った戦いぶりはもはや二人の戦闘における様式美と化し、愛と正義の精神性の裏付けとして人々を強く魅了していた。
「王都に戻り次第、魔法公自らこちらのタウンハウスに訪れるそうだ。今後の共同戦線において話し合いが必要だと」
セリウスはそう言って剣を背に収めると、ステラに向かって両手を広げて見せる。
二人は現在、昼間の王都には意識的に姿を現さないようにしている。
まずは貴族による英雄信仰をしっかりと確立させる為。庶民への情報開示はマハリークの人形劇にのみ限定させ、“女神に選ばれし英雄夫妻”の神秘性と期待値を高める思惑だった。
「てことは、そろそろ奴の姿をチラつかせろってか」
小さくため息をついたステラが、魔物の背からセリウスの腕に飛び込んだ。受け止めた彼がくるりと回って彼女を下ろす。
貴族達にはまだ、アストラル魔法公との繋がりを公にはしていない。彼による魔力覚醒を女神の加護と変えて語ったのは、こちらの優位性を保つ狙いがある。
いずれ王座を手にする魔法公に権力で対抗するには、神話の英雄として人々の心を掴む必要があった。
だが彼もそれに気付かない野暮ではないだろう。
おそらく今回の接触は、いよいよ魔法公との繋がりを民衆へ表面化し、次なる王へ担き上げろという催促に違いない。
魔法公の策に飲まれ過ぎれば、こちらはただの踏み台の駒となる。握った利を手放さず、その上で同時にのし上がらねばならないのだ。
「仕事終わりに気の張るやり取りか。お前は下手に弱みを晒すなよ」
「駆け引きは君に任せる。終われば君好みの酒と肴で晩酌としよう」
ステラがからかうように微笑むと、セリウスが甘く笑みを返す。
「そりゃいいね」
なんて彼女がわざとらしく寄りかかれば、遠く見守っていた領主と民衆達が熱を帯びた歓声を上げた。
————
「君達の話はここまで伝わっているよ。パフォーマンスは大成功らしい」
アストラル魔法公が紅茶のカップを手に取り、立ち上る湯気を嗅いで目を瞑る。
ファビアンの転移門によってタウンハウスを訪れた彼は、まるでこの屋敷の主人のようにゆったりと客室のソファに腰掛けていた。
挟み込むように双子が寄り添い、それぞれ出された茶菓子を頬張っている。
彼に向かい合うのは辺境伯夫妻。ローテーブルを囲むソファにはファビアンとルカーシュ、イズラール達元聖騎士の面々が会話を見守る。
革命の主となる面々たりながら、ファビアン達の表情は固い。剣を持たぬ今、最も力を持つのは魔力に優れた魔法公と双子なのだ。この場の全員が束になってかかろうが敵わない事は明らかである。
「しかし、魔力覚醒を女神の意志によるものとするとはね。これで私は女神の実態を国民に明かせず、君達の聖性を認めるほか無くなった訳だ」
魔法公はカップの縁を唇に当て、ソーサーに戻す。彼は困ったような口調で語りながらも、余裕を崩さずどこか楽しげだ。
「英雄として革命の旗になることを期待はしたが、こちらの旨みまで奪い取るとは蛮族らしい」
にっこりと微笑んだ彼へ、ステラが悠然と微笑み返す。
「王家の血に利用されるのはこりごりなんでね。対等に行こうじゃないか、魔法公殿」
今となっては力となった魔力だが、元はセリウスを嵌める為に施された魔力覚醒だ。
こちらを殺したくないと恐れ避けた夫の顔を忘れてはいない。
あの日は辺境から引き摺り出され、革命へ協力しろと脅されたようなもの。だからこそ、彼の魔力覚醒を魔法公の手柄になどしてやるものか。
「こちらの筋書きとしては、覚醒に関わった魔法公として革命に連なる予定だったのだがねえ。プロットの練り直しが駄作にならないといいが」
やれやれ、と肩をすくめた彼の両脇で、ディオスとクロイスが「一本取られたネ」とけらけら笑う。
「で、実際どうやるつもりナノ?今の君たちが魔方公サマに関わる理由はナイも同然デショ」
「ココでいきなり意気投合したら、流石の英雄信者もオカシイナーっておもうヨネ」
双子はニコニコと笑みを浮かべたまま、ステラとセリウスを振り返った。
「魔法公サマを蹴落とそうなんて考えてるナラ、ここでキミたちを無かったコトにもできるケド?」
無垢な美少年の面立ちに込められた明確な殺意。
セリウスが庇うようにステラの肩を引き寄せる。
ファビアンが膝の上で手を握り、ルカーシュとイズラールが身構えた。
緊張感が張り詰め、針のように刺す空気。
だがステラは全く怯む様子一つ見せない。
彼女は双子をあやすように首を傾げて見せた。
「人の話はよく聞けと教わらなかったか?坊やたち」
今にも指から火花を散らしかねないセリウスの膝を、安心させるように撫でて続ける。
「あたしは“対等”と言ったんだ。焦らなくとも、ちゃあんと仲良くしてやるさ」
堂々と余裕の笑みを返した彼女に、セリウスは手に込めた力を緩めた。
それを感じ取った彼女が、トントン、と膝に置いた指を動かして見せた。
演技の合図だ。
彼は悟られぬように息を吐き、彼女の動向を待つ。
ステラは意思の疎通が通じた事を彼の姿勢から感じ取りつつ、魔法公を視線で縫い留める。
エメラルドの瞳を向けられた魔法公は、「ほう」と顎髭を撫でて瞼を細めた。
おそらく駆け引きに備えているのだろう。
だが、これから始めるのは“交渉”ではない。
辺境伯夫妻は揺るがぬ主人公となったのだ。
脚本はこちらが握ったも同然。
魔法公は未だ監督気取りのようだが、この物語においては無名の役者に過ぎないと解らせてやる。
———前世から演じ続けた女に勝てると思うなよ。
ステラは小さく息を吸う。
おもむろにセリウスを見上げると、彼の手を取った。
「我々はかつて、憎しみ合い、滅ぼし合った」
見つめ合う金とエメラルドの瞳。彼女は夫の手を愛おしそうにゆっくりと撫でる。
「しかし愛し合った今世の宿敵は、戦の理由に疑問を抱き始める...」
彼と自らの指を絡めれば、意を受け取ったセリウスが頷き、その手を優しく握り返した。
彼は妻を抱き寄せて、魔法公を見据える。
「そしてそれが全て王家の偽りであったと明かす者が二人の前に現れる。つまり魔法公殿、貴方です」
魔法公が目を僅かに見開く。
これでもう理解はできただろう。
この物語の主題は初めからロマンスであり、革命ではない事を。
「公にはその再演を、より多くの衆目に披露して頂きたく」
セリウスが騎士らしく自らの胸に手を当てた。
ステラは淑女らしく彼に寄り添う。
「壮大な物語ほど、主人公の側には“導きを与える賢者”がつきもの」
二人は、魔法公の望みによって完成した“偶像の夫婦”の姿を見せつけるように微笑んだ。
「そうでしょう?“悲劇の夫婦に寄り添う、優しい魔法使いさん”」




