76.神話を脱ぐ
「なーんてな。すっかり上手くいったもんだ」
帰りの馬車の中でステラがうーんと腕を伸ばす。
隣に掛けたセリウスはくすりとため息に似た笑いを吐いて、背もたれに体を預けた。
「やはり演技は疲れる。君がほぼ全て語ったとはいえ、顔の使わない筋肉を使った気がする」
「お前は普段仏頂面だからちょうど良いだろ。誠実な夫の振る舞いが板について来たんじゃないか?」
「振る舞いも何も、君しか見たことはないがな」
揶揄う彼女に肩をすくめて見せれば、ステラは少し照れたように視線を逸らした。
「お前は誠実っていうか、なんか重いんだよな」
「何が悪い。軽い男よりはいいだろう」
憎まれ口で誤魔化すステラの肩を、わざとらしく抱き寄せるセリウス。
「はいはい」と流しながら赤くなった彼女は、先ほどまでの演技の仮面もどこへやら。
セリウスは満足げに瞳を細めた。
「しかし、嘘でもしおらしい君の仕草は悪くなかったな」
「なんだよ、結局はお前もしおらしい女が好みってか」
少しばかり口を尖らせれば、セリウスは嬉しげに唇を上げる。妻の拗ねたような声が可愛らしい。彼はおもむろにステラの顎をくい、と持ち上げた。
彼の瞳に視線が絡め取られ、思わず怯んだ彼女に低く囁く。
「強気な女がしおらしくなるのがたまらない」
「...ッ、特殊性癖かよ」
ばっと振り切って窓の方を向けば、背中に彼の笑いが声が零される。窓越しに映った彼が口元を押さえる姿を見て、ますますステラの頬が火照った。
夜会の終わりは遅く、最後まで引き留められた為にもはや日は変わっている。
何度もダンスを踊り、求められるままあちらこちらと人の輪を移動しては談笑の繰り返し。
気だるい疲れと足の痛みにヒールの中でかかとを浮かすと、きゅっ!と背の紐を引かれてコルセットが緩められた。
「っ!?なにすんだいきなり!」
振り向いた瞬間、ぐっと紐を強く引かれてセリウスの腕の中にぽすんと収められてしまう。
「息が詰まるだろう。帰るだけなら必要ない」
優しげに落ちる声と共に慣れた手つきで編み上げを解かれ、潰されていた肺に息が通って行く。締め付けから解かれてふう、と息を吐き出すと「靴も脱いでしまうがいい」と膝の裏を持ち上げられた。
「じっ、自分で出来る!子供扱いするな!」
さらに彼の中に抱え込まれる体制となり、ステラは足をばたつかせる。
「失礼な、子供を脱がす趣味はない」
本気で険しい顔を向けられ、「いや、ちが」と言いつつ怯んでしまう。その隙にヒールをするりと脱がされれば、あまりの開放感にまた息が漏れた。
「...腫れている」
セリウスがすり、と露わになった足先をさする。
何度も踊ったおかげで赤く腫れ上がったそこをじっと見られて、ステラは慌ててドレスの中に足を隠した。
「女の足をまじまじと見る奴があるかっ!」
「妻の足だが」
「うるさいなっ!デカいから嫌なんだよ!」
人より身長があるだけ、自分の足は大きいのだ。この国じゃ女の足は小さい方が好まれるなんて、童話になるほど刷り込まれた価値観。
かつてはサイズの合わない靴に捩じ込むしかなく、オーダーメイドとなった今でも大きな足には引け目に感じていた。
「俺の足に並べば小さいものだが」
「男と比べてどうする!」
きょとん、と首を傾げるセリウスに、ステラは不機嫌に言い返す。
だが彼はそれがおかしいのか、軽く噴き出して笑った。
「何を言う。こちらの手と同じくらいだろう」
「はあ?んなわけ...」
ステラが呆れて言いかけると、セリウスはおもむろにドレスの裾の上から足の甲に手のひらを当てる。
「見ろ、同じだ」
言われた通り見てみれば、彼の長い指から手のひらの終わりまでがぴったりと足に重なった。ステラが驚きに思わず言葉を失うと、セリウスはそっとそのまま優しく撫でる。
「小さい足に無理をさせたな。気付かずすまない」
締め付けを解かれた上に疲れきった体を抱き込まれて、そんな事まで囁かれれば逃げ場など無い。
石畳をゆるやかに辿る馬車の揺れと、すべてを溶かすような甘い体温。それは張り詰めていた社交の鎧を脱がし、ありのままの彼女を包み込む。
もはや抗いきれなくなったステラは悔しげに
「お前がでか過ぎるんだよ...」
とだけ呟いた。
革命からのちょっと甘い休憩話。
ステラの身長は178㎝、セリウスは195㎝。足のサイズはステラが26㎝、セリウスが28.5㎝という細か過ぎ設定があったり...。
実はファビアン達含めた細かい設定集もありますが、要望あれば公開するかも...?
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