72.始まりの叙事詩
「と、いうわけで!ぜひ君には辺境伯夫妻が魔力澱みを克服したことを、実体験として困っている他領に教えてあげて欲しいんだ」
ファビアンが隣に掛けたオルネー子爵の肩を抱き、ぽんぽんと軽く叩く。
「はっ、はい!もちろん!わたくしに出来る事であれば...!」
子爵はというとすっかり瞳を輝かせ、まだ冷めやらぬ興奮にこくこくと縦に頭を振るばかり。その姿はまさに先導を得た羊のようだ。
すると子爵を挟み込むように掛けたヴィオレッタが
すす、と書類を机に滑らせた。
「大きな力を持つ辺境伯夫妻は、良からぬ輩の妬みを買うことも増えるでしょう。そこで、二人の身に何かあればお力となっていただきたいのです。軍事力、兵糧、その他物資等...出来ればこちらの書類に、賛同を見える形で」
変脅迫夫妻の安全の為、ともっともらしく言い換えた内容は革命へ参与させる契約だが、信徒と化したオルネーは素直にペンを取ってしまう。
「はい、あの、ですがリュシエール伯爵は一体いつの間にこちらへ...?」
「あら。たまたま主人を迎えに来ておりましたのよ、うふふ」
「はあ〜なるほど」
実際はファビアンの“転移門”からやってきたヴィオレッタだが、オルネー子爵はそんな事など知り得ようもない。
「飯の後にしてやりゃあいいのに」
こそ、と隣のセリウスにのみ聞こえる声で呟きながら、ステラが羊肉を口に運ぶ。
現在は昼食時。せめてものお礼に、と振る舞われた豪勢な羊料理の数々がテーブルの上で湯気を立てている。
「あやつに任せておこう。交渉では右に出る者は居まい」
「それもそうか。...ねえ、このソース林檎かしら?腸詰もハーブが効いていて美味しいわ」
途端にすっと淑女の口調に戻したステラが、ナイフで切り取った肉に頬を綻ばせる。
何はともあれ、戦士に必要なのは栄養補給。
“戦闘で汗を流せばまず腹ごしらえ”と二人とも脳筋的な価値観においては完全に一致しているのだから。
「このシチューも悪くない。パンを取ろうか」
「ありがとう。向日葵の種が入っているのね、もう召し上がった?」
「異物があるとは思ったが気にしなかった」
「あのねえ、もっと味わったらいかが」
表面上は上品な会話をしながら、皿の上に盛られた料理はみるみるうちに数を減らしていく。
親友夫婦が次々に書類へ署名を進める傍ら。実働隊として活躍を終えた辺境伯夫妻は、質の良い肉の味にただただ頷き合っていた。
するとさっさと自分の食事を軽くすませたルカーシュが、なにやら手帳に書き付けている。
「それにしても、いい情報が取れました。憶測の範疇を出なかった核の場所が、巨人の頭部、眼球の裏側である事が証明されましたからね」
サラサラと素早く巨人の絵に書き加えた彼は、ぱっと顔を上げてオルネー子爵に微笑み掛けた。
「燃え尽きてしまったのは残念なところですが、まだ爪に内臓など、解析可能な部分は多く残されています。このままツテのある解剖医を呼びたいのですが、よろしいですか?」
きらきらと輝かせた紅い瞳は、新たな発見に好奇心を昂ぶらせている。
「はあ、どうぞ」
押され気味な子爵が頷けば、ルカーシュは「感謝します!」と言うなりファビアンに視線を向け直した。
「だめだよルカーシュ。部外者には馬車で」
「そんなあ」
「しばらく氷漬けにしておいたらいいでしょ。子爵、空き倉庫を貸してもらっても?」
革命の確かな足掛けに、オルネー領邸にわいわいと賑やかな会話が飛び交った。
————
その頃、オルネー騎士達の兵舎食堂では。
「おお、すごいな!魔術はそんなことも出来るのか!」
「俺たちも魔術が使えればなあ!どうやって覚えたんだ!?」
戦場では敢えて活躍を控えめにとどめていたイズラールが、風魔法でジョッキを浮かしてオルネー騎士達を沸かせていた。
「あはは。俺らもまさか使えるなんて思わなかったんだけどさ、それもこれも辺境伯殿のおかげっていうか」
イズラールは何気なく笑って、ジョッキを机へと下ろす。不思議そうな顔をした騎士達に、彼はわざとらしく身を乗り出した。
「いや、ほんとだよ!旦那様と奥方様はよく出来たお人でさあ。親も家もない俺たち兄妹にまともな職を下さったんだよねえ。あっそうだ!妹!!俺の妹見る!?もうめ〜〜〜〜ちゃくちゃ可愛くてさあ〜〜♡♡♡」
「いやいい、いい。辺境伯殿の事を聞かせてくれ」
「あっそう?じゃああいつは元々同僚の聖騎士だったんだけどさ、その頃からきっちりした堅物の騎士でね...」
騎士達の辺境伯と魔力への興味は上々。
紡ぎ始めた英雄の叙事詩は、ここから広まりを見せて行くだろう。
イズラールは、「あっちも上手くやってんのかねえ」と酒を注がれながら思いを馳せた。
さっくり革命を進めつつほのぼの閑話。
次回、王都へ!
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