69.成長と焦れ
それからおよそ一ヶ月。
騎士達はディオスとクロイスの指導の元に魔力制御を覚え、また支援側の魔力も安定を見せている。
現在では実戦に魔法が組み込まれ、とりわけ暴発側であった面々は驚異的な成長を遂げていた。
——ドンッ!!
鳴らした指先より光が弾けた次の瞬間。
平原の地面を震撼させ、巨大な落雷の柱が無数の稲妻を飛び散らせる。
「おお...!!」
「なんと...!!」
「おおーっ!!すごいな!」
セリウスの背後に控える騎士達とステラが息を飲んで声を上げる。
先ほどまで、様々な魔法がそれぞれ双子の監督の元で放たれていた。だが彼の魔法威力は明らかにそれらよりも突出している。側で眺めるディオスとクロイスは「まずまずだネ」と笑ってみせた。
「威力はモノスゴいケド、照準が甘いカナ」
「君、弓とか苦手デショ」
「......」
ちら、と視線を送られたセリウスが黙り込む。
一般兵士と違い、飛び道具に頼らず剣一筋で生きてきた彼は、正直なところ弓や投擲といったものに対する心得に欠けるのは事実だった。
すると隣に立ったステラがぐい、と彼の肩を引っ張る。
「なんだ、そんな事ならあたしとダリアの出番だろう!照準の定め方くらい教えてやるよ」
ステラの口からダリアの名を告げられたセリウスは表情を曇らせた。
「...教えてくれるのは君だけでいい」
あのダリアに教えなど乞おうものなら、「辺境伯殿はこのような事も出来ないのですか」などとさぞ得意げな顔をして、こちらを嘲り倒すに違いない。
「あいつは“鷹の目”だぞ?こういう時に頼らなくてどうする」
「いや、いい。やめてくれ」
見た目こそ女とはいえ中身のダレイオスなのだ。あれに見下されれば、己のプライドがたまらず剣を抜きかねない。
「仕方ないやつだなあ。ほら、照準っていうのは...」
そう微笑むステラは多少のことでは暴発を起こさなくなり、すっかりこちらへの余裕を取り戻している。
こちらの手を自然に取って伸ばし、寄り添う美しい横顔をセリウスはじっと見つめた。
彼女の肌の甘い香りがふわ、と香る。
暴発を抑えられるようになったものの、まだ彼女の隣で眠ることは避けている。たった一週間前まで、目覚めた瞬間に枕を焦げ付かせていた己をまだ信用できてはいない。
気候は暖かさを増し、社交の季節が近づいている。
魔法公からは“聖女は未だ力を取り戻せず王宮は混乱状態。マハリークの王都への周知によって民の王家不信は高まっている”と便りがあった。
王都行きは目前。
魔力を手にした革命騎士団が、いよいよ仕上がりつつある。
——–—
日の終わり、夕食の席にて。
「うーん...。お前みたいに魔力を前に飛ばすのは難しいな...」
あらかた食事を食べ終わったステラがぱちん、ぱちん、と指を鳴らし、指先から火花を散らす。
セリウスは同じように指を鳴らせば稲妻が飛び出て、目の前の地面に雷撃を落とした。
だがステラの火は手からぶわりと大きく燃え上がるものの、ディオスやクロイスが見せたような“火の玉を前に飛ばす技”は出来なかったのだ。
“君の炎は接触型なんだよネ”
“触れた場所から火をつけて燃やすタイプってコト”
「炎っていうからもっと派手かと思ったのに、なんかつまんねえんだよな」
唇を尖らせたステラに、向かい合ったセリウスがくすりと微笑む。
「“火をつける”とは、君の魔力らしいと思うがな」
「そうかあ?あたしはもっと爆発させたりしたかったけど。ルカーシュは自由自在に水や氷を使えて、ファビアンなんて亜空間移動だぞ?」
特にファビアンの“魔法門”は人智を超えた大魔法だ。自由に移動が出来るようになったおかげで、それぞれ屋敷や王都から、辺境へと時間を決めて行き来するようになっていた。
「確かにあやつの魔法は悪くない。こうして二人、静かに食事が出来るのだからな」
ふ、と笑ったセリウスの金の瞳が細められる。
ここ最近の屋敷は彼にとっては賑やかすぎたのだ。
寝室も別れ、触れ合いを制限され、客人に邪魔をされない時間は貴重だった。
「そう言われれば、そうだけどさ」
ステラはそういいながら、皿の上に置きっぱなしにしていたナイフを手に取る。
二人きりを意識させられると、妙に部屋が静かに感じた。優しく低められた彼の声がくすぐるようで、自分の指に勝手に力がこもってしまう。
「君の寝顔が見られなくなって、もうひと月か。妙な寝言も聞けなくなれば寂しいものだ」
「なっ、なんだよその寝言ってのは」
ステラが思わず顔を上げれば、セリウスはグラスを傾けて微笑んだ。
「そうだな...、こちらの名を呼んで、“無理”だとか」
「はあ!?」
かあっ、と顔が熱くなり、ステラは手にしていたナイフを思わず握り込む。
だが、以前のように魔力が勝手に迸ることはない。
今までは指先でやっと押し留めていた魔力の流れ。だが何度も“手合わせ”を繰り返すうちに、もっと奥底の、身体の内の方で制御が出来るようになっていた。
「ふん、お前のいびきに比べればマシだろ。うるさくて夜中に何度起きたか」
「なっ」
セリウスのグラスを握った指が強張る。
だが彼の指先からも、もう稲妻が散ることはない。
「あはは!嘘だよ。死体みたいに眠りやがって、可愛いいびきの一つくらい聞いてみたいもんだ」
現に眠ったセリウスといえば静かなもので、こちらを抱き込んだままびくともしないのだ。
いつだったか、喉が渇いて目が覚めた日には、身動きひとつ取れずにもがき倒してようやく起こした。
ステラがからりと笑って返せば、セリウスは「む...」と眉を寄せてグラスを置く。
「...まったく、覚えておくがいい」
「何をさ。お前がまだ怯えてキスすらまともに出来ない事をか?」
笑いながら皿に残った最後の肉の一片を口に入れようとした瞬間。
すっとセリウスが立ち上がり、そのフォークを手に取った。
「むぐっ!?」
口の中に肉を押し込められて目を見開けば、セリウスにぐいと身体ごと持ち上げられる。
「食事は済んだな。これでもう文句は言わせんぞ」
いつだかと同じように抱き抱えられ、ステラは慌ててごくん!と肉を飲み込んだ。
「おまっ、まさか...このタイミングで!?」
「焚き付けたのは君だろう。今夜は寝言を聞けそうにないのは残念だが」
「っ...!!」
ぼわ、と顔に熱が昇り、指先が燃えるように熱くなる。寝室への階段を登っていく彼の足取り。その一段一段が、これから待ち受けるものを思い知らせていく。
とさ、と下ろされた暗い部屋のシーツの上。
「灯してくれ。君をよく見たい」
枕元の蝋燭に指を添わされ、セリウスが囁く。
「〜〜〜っ」と声にならない唸りを上げれば、ぽっと燭台に小さな火が灯された。
「君が乗り気なようで安心した」
「お前が頼んだんだろうがっ!」
羞恥心を煽る台詞に思わず怒鳴り声を上げてしまう。しかし見上げた彼は、金の瞳に熱を込め、愛おしげにこちらを見つめていた。
「...やはり綺麗だな、君は」
なんだよ、と目を逸らし掛けたステラの頬に長い指が触れ、彼の唇が重なる。
そっと触れ合った感触、覆うように頸へと滑らされた手のひら。ゆっくりと確かめるように何度か食んで、隙間から熱い舌が絡められた。
「っ、ん」
自然と漏れ出た声を捉えるなり、彼の指に力が込められる。口内を深く侵す舌。息を遮られ、唾液を送り込まれて彼で満たされる。ひと月ぶりの感覚は脳をぴりりと痺れさせ、吐息と共に何度も重ねられる口付けが、意識を甘くとろかせていく。
「...はっ...、はぁ...っ」
銀の糸が伝って唇が離れ、互いの乱れた息が窓を白く曇らせる。
自然と重なり合う手のひら、深く交差する指と指。
鼓動が互いの肌を伝って、焦れた熱を感じ合う。
「時間を掛けるつもりだったが、...耐え難い...」
荒い吐息の隙間から溢された声は低く落とされ、腰の奥まで響いてしまう。いったい、いつから自分の身体はこんな風になってしまったのだろう。
彼の大きな手のひらが触れたところが熱く、覚えてしまった“それ以上”を求めて止まない。
焦れるばかりの触れ合いに、ステラは小さく息を吸って身を寄せた。
「お前の好きにすればいい」
彼の耳元に唇を近づけ、甘く囁く。
「少しぐらい焦がされたって許してやる」
手のひらをきゅ、と握り返して挑発的に微笑めば、セリウスの金の瞳が見開かれた。
途端にぐっと体重が掛けられると同時に背がシーツに押し付けられ、彼の大きな身体が覆い被さる。
「ならば、君の火に灼かれよう」
さら、と黒髪がしなだれ落ちて、広がる赤髪と混ざり合った。




