68.作戦会議
「わっ、...ええ!?」
ディオスに握られたルカーシュの手のひらから、水の飛沫が迸る。飛び散った水は瞬く間に空中で凍りつき、細かな氷片となってぱらぱらと床へ落ちた。
「水と氷の二属性だネ!といっても氷は水属性の派生みたいなモノだから、二つと言うにはちょっと語弊があるケド」
「正確に言えば1.5属性って感じカナ〜」
手を離されたルカーシュはまじまじと自分の手のひらを見つめ、感嘆の息を吐いた。
「本当に魔力が...まるで夢でも見ているようです」
まさか自分に、絵物語の主人公のような魔力が眠っていたなんて。ただただ呆然としていれば、ぽん!と彼を横に押し退けて、勢いよくファビアンがディオスの手を取った。
「はいはい僕もよろしく!手紙をもらってからこの三日間、いったいどんな不思議パワーが眠ってるのか気になって夜しか眠れなかったんだから!」
「まさか、まだ昼寝癖が治っていないのか」
「昼寝は大事だよ〜?セリウス、君の眉根が凝り固まってるのは睡眠が足りてないせいだと思うなあ」
セリウスが呆れて返せば、ファビアンがからりと笑う。眺める双子は「相変わらず仲良しだネエ」なんていいながら彼の手を握り込んだ。
「まったくセリウスってば、結婚してようやく丸くなってきたかと思えば僕には小言が多いんだか...うわっ!?いきなりやんないでよ!びっくりするじゃないか————、あれ?」
確かに何かが流れ込むような、こじ開けられるような感覚があった。だというのに手のひらには力は流れず、何も起きない。
ファビアンはきょろきょろと見回して「なに?不発?なんかダメだったやつ?」と口走る。
しかしディオスとクロイスは彼を見上げて、大きな瞳をさらに大きく見開いていた。
「...しんっじられナイ...」
「亜空間系だ...」
「なに?アクーカン?新しいデザートの名前?」
客室内でくつろいでいた全員が、いつにない双子の反応に何事かと注目する。わけがわからないまま、きょとん、と首を傾げるファビアン。ディオスとクロイスはこぼれ落ちそうなほど大きく目を見開いたまま、震えた声を漏らした。
「亜空間...光属性魔法の上位派生系...!」
「浄化の次に珍しい高位魔法ダヨ...!」
「へえ...?」
彼らが並べたのは聞き覚えのない単語ばかり。
ファビアンがさらに首を傾け、ソファに掛けたセリウス達面々も不思議そうな顔で見守る。
「まだよくわかんないんだけど、それってすごいの?」
聞かれたディオスはぱあっと表情を輝かせる。
そしてファビアンの手をぎゅっ!と両手で強く握った。
「ファビアン、キミは“転移魔法”が使えるンだ!“転移門”を作り出すことができるんダヨ!!」
「スゴいなんてモンじゃないヨ!君は知っている場所ならドコでも繋げられるんダ!うわー魔法宮に欲しい!研究したぁい!」
盛り上がる二人だが、言われた当人と残る面々はまだ、さっぱり意味がわからないまま。
「だからなんなんだよ、その“げーと”ってのは」
痺れを切らしたステラが尋ねると、双子はぱっと振り向くなり、にぱあっ!と満面の笑みを向けた。
「ウンウン!気になるよネエ!見たいよネエ!ボクらも今すぐ見たーい!」
「てなワケでファビアン、いっちょやってみヨー!」
壁の前に立たされたファビアンが、両手を前に広げて翳す。
「...で。これ、どうしたらいいの?」
「キミの行きたいトコロ、会いたい人を思い浮かべて!」
「壁につよーく念じて、会いたーいって思って!」
ファビアンは双子に促され、目の前の壁に向かって目を瞑った。
「うーん...。やっと辺境に来たところで、行きたいとこって言われてもなあ...」
彼は困ったように笑いながら、脳裏に行きたい場所を探してみる。
...そういえば、昨晩家を出た時の彼女は笑顔だったなあ。
だけどきっと彼女は分かっている。遠い辺境の革命に与するのなら、しばらく家には帰れない事を。
聡明で強い心をもった彼女のことだ。ちょっと離れたくらいじゃ寂しいなんて言わないだろう。
でも僕の方はもう、君の言う“弱い幼馴染”にすっかり戻ってしまったから、馬車が走り出した瞬間から既に寂しかったんだけどね。
君は呆れるだろうけど、今すぐ行きたい場所、会いたい人がいるならば、それは————
——–山となった本で溢れかえった書斎、机の上に書きかけの研究資料、揺れる羽ペン、陽光を受けてきらめく大きな丸眼鏡。そしてその内で熱心に視線を本に滑らせる、知的なすみれ色の大きな瞳と、柔らかな亜麻色の巻き毛———–——
「出た!出たヨ、ファビアン!!」
「コレこそ“転移門”だ!!」
はっ、と見開いた先には、ぽっかりと空いて浮遊する光の穴と、鏡のように映った愛しい景色。
その先には書斎の机で羽ペンを止めたまま、目を見開いて固まる女性の姿があった。
「ヴィオレッタ...!?」
「さあ、迎えに行ってファビアン!」
驚いた彼の背をクロイスが強く押す。
彼は信じられない面持ちのまま光の門へと近づき、ゆっくりと足を踏み入れる。
その場の面々が、固唾を飲んだまま身守る先。彼は門の中で椅子ごと派手にひっくり返りかけた妻の手を、掴み取って引き寄せた。
「ああああの、ふぁび、これ、あの、何これ、何ですの...」
“転移門”から戻ったファビアンの腕の中で、眼鏡の内でぐるぐると目を回したヴィオレッタは言葉にならない羅列を口から漏らす。
「いや、僕にもよくわかんないんだけどさ、僕の魔力はこう言う事ができるみたい」
「はええ...」
感嘆とも悲鳴ともつかない声を返す妻を、そっとソファに座らせるファビアン。見届けた双子は嬉々として手を広げ、珍しい魔力にキラキラと瞳を輝かせた。
「ネ!?スゴいデショ!この魔法があればドコでもいけるし、ダレでも連れて来れるんダヨ!」
「鍛錬次第で可能性は無限大!まさに世界を繋ぐ力ってやつダネ!」
「てコトで、この魔法の特異さがミンナにも伝わったカナ?」
あまりにも超常的すぎる光景をまざまざと見せつけられた面々は、こくこく、と揃って頷くことしか出来ようもなかった。
————
「で、これから僕らがどう動くべきかだけど。魔法公閣下は君たち夫婦に“王都から扇動するように”と言ったんだよね?」
「ああ。“社交界へと再び姿を現し、貴族を中心に取り込んで欲しい”と」
ファビアンの問いに、セリウスは静かに頷いた。
アストラル魔法公は、王家の血に連なる公爵だ。
民心の離れた王家から立ち上がり、“王家と魔法宮の真実”を語ったところで、かえって不信感を募らせる可能性が高い。
――“だからこそ、まずは君たち夫妻に社交界で返り咲いてもらいたい。世間を揺るがせた“真実の愛”が登場すれば、たちまち社交界の話題を攫うだろう。さらにその噂を、マハリークによって脚色を加えて庶民まで広めさせよう”
魔法公は、セリウスが取引に応じたあの日、この場と同じ客室で二人へそう語った。
――“多くの領主と民は現在、魔力澱みの解決法を失い、混乱と不安の中にある。だが君達は、魔物に覆われた平原を奪還し、実際に魔力澱みの多くを自力で消滅させた”
増え続ける魔力澱み。
女神に見放され、加護を失った聖女。
そして、その聖女の力を失わせた張本人である辺境伯が、魔力澱みを克服したとなれば――先行きへの不安を抱える国民の心は、“辺境の英雄”へと傾くだろう。
――“つまりは、王家の聖なる力など不要である、と。君達は実績を伴った生き証人となるのだよ”
彼はそう締めくくり、にっこりと微笑みながら、ひらりと両手を広げてみせたのだった。
「……なるほど。じゃあ僕らは、君達の人気が高まりを見せたところを見計らって、後から社交界に現れるべきだね」
セリウスの説明を受けたファビアンは、顎に指を添えて静かに頷く。
すると向かいのソファへ気だるげに体を預け、頬杖をついていたイズラールが「ふうん」と相槌を打った。
「つまり俺らは、聖女と聖騎士の実態を暴露して、それを救った辺境伯と夫人への恩を語ればいいんだろ?」
艶美な吊り目が、三日月のように細められる。
「じゃ、口の回るファビアンは貴族相手に。俺は昔のツテを当たって、傭兵達を扇動すりゃあ良いんじゃない?」
イズラールは、聖女に見初められるまでは根無し草の傭兵として各地の戦場を渡り歩いていた。
そして彼が聖女の目に留まったのも、戦場で猛者と語られるほど名の知れた傭兵だったからである。
「確かに、戦士へ働きかけるのは良い案ですね。彼らの言葉は、現実の魔物の脅威への裏付けになりますから」
微笑んだルカーシュが、おもむろに持ち込んだ荷物の中から巻物の地図を取り出し、机へ広げた。
「私の方も、このひと月で学会と各地の領主達との縁が出来ています。こちらで口添えをすれば、より噂の浸透も円滑となるでしょう」
彼はシャッ、と音を立てながら、地図へ丸を付けていく。
「現在、魔物の被害が大きいのはエルウッド辺境伯領と、王都外れ南のロイネン侯爵領。そして、この辺境より内側にある、牧羊で知られるオルネー子爵領です」
円で囲まれたのは、ヴェルドマン領の端と隣接する東の辺境伯領、王都より下った侯爵領、そして他の四領に挟まれた小規模なオルネー子爵領だった。
「王都への移動にあたり、必然的に子爵領の街道を通ることになります。子爵領はこの辺境領より遥かに小さいですが、ここ一帯の食糧事情を担っています。つまり、周囲の領への影響力がとても大きい」
ルカーシュは、オルネー領の中腹へ大きな黒点をひとつ書き込んだ。
「こちらへ寄せられた手紙によれば、澱みは主級が一つのみ。私の口添えを介して取り入り、辺境の軍で魔物を一掃してしまいましょう」
「主一体なら三日もありゃ片付くな。それで子爵家と周辺領に恩が売れるなら悪くない。ついでにオルネー産の羊ってのも魅力的だ」
ルカーシュの提案を聞いたステラが、ぺろりと唇を舐めて笑う。
セリウスは、食い気につられる妻へ呆れた視線を向けながらも、地図の子爵領へと目を落とした。
「オルネーはそもそも戦下手だ。あやつが手こずる程度なら、一日で方が着くだろう」
北方領での会合で何度か顔を合わせたオルネー子爵は、まさに羊のように穏やかな性質の男だった。
嗜みとして軽く剣の手合わせをしたこともあったが、こちらのたった一振りで終わってしまった程である。
「ってことは、サクッと実績を上げながら味方獲得かあ。費用対効果が高くていいね! よ〜し、じゃあついでに他領に話を繋げてもらいつつ、有事への軍事協力契約も組ませちゃおう! その辺の交渉なら僕に任せて!」
ファビアンがぐっと拳を握って立ち上がる。
「では、わたくしはファビアンと組んで、お二人に参与する貴族達の署名集めでもいたしましょうか。その辺りの細かい書類作成は得意ですわよ」
ヴィオレッタはそう言って、大きな眼鏡をくいっと押し上げ、きらりと光らせた。
すると、もぐもぐと菓子を頬張っていたディオスとクロイスが、けらりと笑って肩をすくめる。
「ま、それも魔力の制御を覚えてカラだけどネ〜」
「セリウスはこの三日で急激に制御が効くようになってきたみたいだけど、何かコツがあるのカナ?」
不意に悪戯っぽく笑いかけられたセリウスは、ステラへ視線を送り、口の端を上げた。
「さあ、妻のおかげとでも言っておこうか」
手のひらにしか触れられない今となっては、彼女の感情を乱すことが毎夜の愉しみと化している。
ステラはその視線の意図を察した途端、かっと顔を赤くして勢いよく目を逸らした。
「えっ、なになに? エッチなこと?」
「ファビアン!」
笑顔で尋ねたファビアンの頭を、ヴィオレッタがばしん!と叩く。
彼は「いたた」と頭を押さえ、イズラールとルカーシュはやれやれと顔を見合わせた。
だが双子だけは、「えーっ、エッチな修行してるノ!? 聞きたい聞きたぁい♡」と揃って身を乗り出す。
「下世話な輩め。誰がそんなことを言った」
「だって今のはそう聞こえるよねえ?」
「「聞こえる聞こえる〜!」」
客室に満ちる空気は、革命前の作戦会議とは思えないほど賑やかだった。
ほんの数ヶ月前まで、それぞれ過去と因縁を抱えていたはずの面々。
それが今では自然と冗談を交わし、辺境の主人と同じ目的を目指している。
セリウスが聖騎士へ任命されたあの陰惨な夜からは、とても想像できない午後と言えるだろう。
「何なのです、男ばかりが我が君に気安くゴロゴロと……」
ぶつぶつと悪態をつくダリアの隣。
壁際に控えていたジェンキンスは、誰にも気付かれぬよう、そっと目尻の皺を深くした。
そろそろ佳境に入り、このままエンディングに向かって突き進んで参ります。リアクションや感想等頂けますと喜びます...!




