67.聖騎士
「やっほーセリウス!なんだか面白いことになってるみたいだね!」
馬車から降り立ったファビアンが満面の笑みを浮かべる。セリウスは眉根に皺を寄せて、ひとつため息をついた。
「面白くなどない。魔力覚醒のおかげでこちらは混乱状態だ」
「いいなあ〜!魔力覚醒!奥方様からの手紙でざっくり読んだけど、まさか僕らに魔力が眠ってるなんてね!ヴィオレッタも羨ましがってたよ」
「全く呑気な」
実際、魔力覚醒から3日が経つが、騎士達は新たな力に右往左往するばかり。ディオスとクロイスは「一週間で制御出来たら天才カナ」なんて彼らの混乱を楽しんでいるようだが、当人のセリウスとしてはたまったものではない。
「ヴィオを連れて来れなかったのは残念だけど、代わりに即戦力を連れてきたよ!ほら、降りておいでルカーシュ!」
犬でも呼ぶように声をかけられ、馬車の奥からルカーシュが顔を出す。
「ひと月ぶりで、どうにも気まずいですね。またお世話になります」
彼は垂れ目の瞳を細めて苦笑するが、その振る舞いからはおどおどとした気弱さが消え、代わりにゆったりとした余裕が満ちていた。
「今や名高いルカーシュ軍師、魔物研究の第一任者だからね。お忙しいところ来て下さってありがとうございます大先生!」
「もうずっとこの調子なんですよ。ですが、辺境が革命に乗り出すと聞けば、参じないわけにいきませんからね。お力になれれば良いのですが」
ファビアンに茶化された彼は、ゆっくりと降り立ちながら穏やかに微笑む。
「奥方様はどちらに?」
「先ほどドレスを焦げつかせたので着替えている。じきに降りてくるだろう」
「へえ、それも魔力?つまり火の属性ってこと?え〜っ!かーっこいい〜!!」
あの夜からこの三日間、ステラとの“先に暴発しない勝負”は未だ続いている。
互いを傷つけぬように感情を鎮めて触れ合うこと。それは暴発への恐怖を和らげ、血に巡る魔力を確かに互いへ知覚させた。
「ったく!お前のせいで一着ドレスがダメになった!あれは鳥の刺繍が可愛らしくて気に入ってたのに!」
玄関に足を踏み入れれば、不満げな声と階段を降りてくるヒールの足音。
豊かな赤毛と夏の緑のようなドレスを翻し、辺境伯夫人が姿を現す。だがその頬は明らかに赤みを帯びている。
馬車が着く音を耳にした、つい先ほど。
手を握り合わせたままのセリウスが立ち上がり「このままで降りようか」などと囁いたのだ。
慌てて「馬鹿!」と声を上げた瞬間に、散った火花がドレスを焦がして穴を開け、また着替える羽目となってしまったのである。
「俺は何もしていない。魔力を乱した君の負けだ」
セリウスは余裕の面持ちで笑みを形作り、眺めるファビアンが生暖かい笑みをにまーっと浮かべた。
「へえ?随分と余裕だね、セリウス?君は自分の魔力に怯えてるって手紙に書いてあったはずだけど」
「大袈裟な。少しばかり驚いただけの事だ。今は彼女の方がこちらとの触れ合い一つで暴発に四苦八苦している」
「はあ!?よくも同じ口でいけしゃあしゃあと...!」
ことの詳細はわからないまでも、耳まで赤くしたステラは関係の甘さを饒舌に物語っている。
相変わらず夫婦関係は良好らしい。
ルカーシュはしばらく目を瞑って複雑な感情を思考の端に追いやると、そっとステラの側へ歩み寄った。
「...奥方様、またお目にかかれて嬉しく思います。今こそこの力を役立てるべく、貴女の元へと馳せ参じました」
ルカーシュは手袋に包まれた彼女の手を取ると、そっと持ち上げて指へと口付ける。
けして叶わぬ恋と知っていても、敬愛ならば赦されたい。すっと顔を上げて美しく微笑んだ彼の見違えるような優雅さに、ステラはきょとんと目を丸くした。
「ルカーシュ、お前...、なんか変わったな...?」
「ええ、おかげさまで度胸が付きました」
にこ、と首を傾げた彼へ、セリウスが割り入ってステラの手を取り返す。
「ほう、なるほど良い度胸だ。またしごかれたいようだなルカーシュ」
「いいえ。頭を使う前に疲弊するのは遠慮しておきます。心配しなくても奥方を取る気などありませんよ、セリウス」
さら、と躱した彼は白銀の髪を上品に背に流す。
セリウスは予想外の反応を返され言葉を失い、まじまじと彼を見つめ返した。ファビアンがくすくすと肩を震わせる。
「学会に魔物討伐に他領への出張で引っ張りだこだったからね。ひと月人前に立ち続ければ、人への怯えもなくなったみたいだよ」
ルカーシュはそれを聞くと、忙殺の日々を思い返すようにやれやれと肩をすくめる。
「あまりの忙しさに、みな動物だと思うようにしたら色々と楽になりました。セリウスやファビアンですら、今は飼い主に甘える狼と懐っこい大型犬にしか見えません」
「なんだと、無礼な」
ルカーシュから獣に例えられたセリウスは、気に入らないのかむっとした顔をする。
だが言われてみれば、威圧感を纏った金眼のセリウスは黒く大きな狼に、快活で賑やかなファビアンは尻尾を振った金毛の犬に見えてくるから不思議なものだ。
ステラは言い得て妙な彼の例えに、おかしそうに小さく吹き出した。
「ふふ!よく言えてる。なあルカーシュ、あたしは何だ?」
「奥方様は人のままですよ」
「なんだよつまらん」
唇を尖らせた彼女に、ルカーシュはふふ、と笑って口元に手を当てる。
セリウスがますます眉を寄せた途端、廊下の奥からひょこっと小さな影が飛び出した。
「イイなあ、みんな仲良しでサ!」
「ボクらなんてセリウスにもイズラールにも冷たくされちゃってサ?」
ディオスとクロイスは桃色の髪をふわっと靡かせるなり、溢れ落ちそうな瞳をきゅるんと潤ませる。
「やかましい。日頃の行いだろう」
「はあ、ボクらに優しくしてくれるのはステラちゃんとイリーゼちゃんダケ」
「やっぱむさ苦しい男より魅力的なオンナノコだよネ〜」
「そういう所が原因だっつってんの」
双子の後ろから現れたイズラールは、垂らした三つ編みを指で弄びながらため息をつく。
だが視線を上げた彼はルカーシュを目にするなり
「おかえり、ルカーシュ」
といつもの妖しげな笑みを浮かべた。
微笑まれた彼も
「戻りました」
と親しげに頬を綻ばせる。
「挨拶もいいが廊下で立ち止まるな。七人も居れば後がつかえる」
これから向かうつもりの客室にいたのなら、わざわざ飛び出して来なくてもいいものを。
セリウスが腕組みをして眉を顰めれば、隣のファビアンがおかしそうに笑い声を上げた。
「ふふ、賑やかだねえ!ねえセリウス。レオニダスを除いて聖騎士全員が革命側なんて、こんなに面白いことがあるかい?」
わいわいと騒ぐ彼らを見回したファビアンが、隣の親友の肩を軽く小突く。
そう、王都から遠く離れた辺境の砦に集ったのは、かつて聖女に召し抱えられた元聖騎士達。
白銀の長髪にルビーのような紅い瞳、王国一の美麗さを誇る二番目の聖騎士、ルカーシュ・ファルメス。
彼は聖女に飼われながら無能と自分を諦め、己の才能を騎士道からの逃避であると思い込んでいた。
四番目と五番目の聖騎士は、桃色の柔らかな髪に小さな手足で可愛らしさを振り撒く地上の天使。クロイス・ジェミノー、並びにディオス・ジェミノー。
彼らは魔法公より遣わされた魔法宮の暗部。年齢を覆す程の甚大な魔力を隠しながら、無邪気さで聖女を籠絡し、虎視眈々とこの機を狙っていた。
六番目は薄紫の三つ編みを片側に垂らし、同じ色の吊り目が妖艶な傭兵上がりの聖騎士、イズラール・エランベルク。
戦争孤児として戦に身を投じていた彼は妹の幸福の引き換えに聖騎士となり、高額な学費を抱えて己を使い潰す事すら厭わなかった。
七番目は見上げるような長身に艶やかな長い黒髪、切れ長の金の瞳。戦の功績から見初められた聖騎士、セリウス・ヴェルドマン。
騎士としての矜持から聖女に楯突き、蛮族の妻を愛し自ら王城を脱した唯一の異端。
この場に再び並び立ったのは、それぞれ特徴も背景も異なる煌びやかな青年達。
その中でも王国の誇る金髪碧眼を持ち、かつて“聖女のお人形”と揶揄された三番目の聖騎士———ファビアン・ラングロワ、改めファビアン・リュシエール伯爵は心底嬉しそうに笑みを浮かべた。
「今度こそ仲良くやろうじゃないか、気高き革命の“聖騎士”としてね」
聖騎士大集合〜!
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