66.触れる手のひら
「魔力制御の為にはまず、自分の中の魔力を感じ取るトコロから!」
「感情に乗りやすい力だからこそ、純粋な魔力のみを知覚しないと制御は難しいからネ」
「精神を無にして血液中にめぐる魔力の波を感じるんダヨ〜!一に瞑想、二に瞑想!波を掴めたらコッチのモンってやつ!」
「平静でいれば魔力は漏れないからネ〜!」
・・・
「...などと奴らは言っていたはずだが、なぜわざわざ俺の部屋に来る」
自室のベッドに腰掛けたセリウスが、部屋に足を踏み入れたステラへ顔を引き攣らせる。
あえてこちらは自室に戻り、感情を落ち着かせてから制御へ取り組もうとしているというのに。
昨夜の自分は、こちらに触れて来た彼女へ力を暴発させたのだ。これ以上傷つけたくはない。
ステラを視界に収めた瞬間、自分の身体が強張った。
「なぜって、お前があたしを避けるからだろ」
けれども彼女はお構いなしに歩み寄る。
「怯え散らして不安だらけの奴に平静なんて程遠い。そんなんで魔力の知覚なんかできるもんか」
ステラはそう言うなり、こちらに手を伸ばす。
セリウスの肩がさらに強張り、彼は後ろに引き下がった。
「それは君が無闇やたらに触れるからだろう!危険だと再三注意しているというのに君と言う女は...」
セリウスが声を荒げて手を宙に浮かせた瞬間、ステラはぱしりとその手を取る。手袋越しに触れ合った感触に、セリウスは思わず息を詰まらせた。
「そうやって危険だなんだと拒絶するってことは、そもそも自分で暴発を認めちまってるってことだろ」
ステラはそう言いながら、彼の指の間にするりと自分の指を絡めた。
「ほら、今は手袋があるから安全だ。あたしもお前も傷付かないし、傷付けない」
ぎゅ、と握って彼女はにっこりと微笑んで見せる。革の布漉しの体温はもどかしく遠いが、確かな安全の証だ。焦りに汗ばみはすれど、暴発しようが伝わらない。
「...な?何ともないだろ」
優しく宥めるようなステラの言葉に、セリウスはようやくゆるゆると安堵の息を吐く。そして全ての息を長く吐き切ると、恐る恐るその手を握り返した。
「いい子だ、坊や」
ステラは握った手をそのままに茶化すと、彼の隣にぎし、と小さな音を立てて腰掛ける。
「お前は気を張りすぎなんだよ。あの時、机を焼き焦がしたのは強い怒りがあったからだ。今みたいに落ち着いていれば、手袋の中でも火花は散らない」
くすりと彼女に笑われ、セリウスは握り合った手を見つめる。
「...言われて、見れば」
確かにこうして落ち着いた今では、指先の感覚もしんと静まっている。ディオスとクロイスが言った通り、平静であれば魔力は漏れ出ないのだろう。
“触れれば彼女を傷つける”
その恐怖に囚われた自分は、どうやら過剰なほど過敏になっていたらしい。
「昨日は唇が触れ合っても、軽く弾けた程度だった。多少ひりついたが別にどうって事はない。それもお前が怖がったせいで魔力が反応したんだろうさ」
「......」
セリウスは昨夜を思い返す。
確かにあの晩の己は、今どころではない強い恐怖に支配されていた。それは“自分の魔力が彼女を殺してしまう”と思わずにはいられなかったからだ。
だがそれでも、触れ合った指先と唇は小さく放電するだけに留まった。
「机はどうなろうと構わないが、人間は違う。お前は無意識に抑えてたんじゃないのか」
ステラはそう言って微笑むとセリウスの手を両手で包み、おもむろに手袋をする、と脱がしていく。
「何を...」
「お前は騎士様なんだろう?なら“絶対に傷つけない”くらいの覚悟を持ってみろってんだ」
に、と唇の端を上げた彼女は、手袋を膝の上に置く。そして片手で彼の手を握ったまま、自分の手袋に歯を立てて手をゆっくりと引き抜いた。
黒い手袋の内から華奢な手が露わになり、セリウスは目を見開く。
「お前は恐怖を従えられる。そして、お前にできる事ならあたしにもできる」
ステラはそう言うと、彼の目の前にひらりと裸の手を差し出した。
「さあ、どちらが先に力を支配できるかな。火花を散らした方が負けだぞ」
わざとらしく煽った彼女に、セリウスはやれやれとため息と共に笑みを溢した。
まったくこの妻ときたら、こちらを安心させる為にわざわざ勝負事に言い換えているらしい。だが彼女のそんな素直でない優しさが、どうにもいじらしくて敵わないのだ。
「...良いだろう。さっさと魔力を支配して、ここで君を降伏させよう」
セリウスはそう言うなり、ステラの手のひらに自らの手を重ねた。
指先が絡み、深く握り合う。
広いシーツの上に向かい合った二人を、ゆらめく蝋燭の火が柔く照らす。
壁に伸びた影はそっと重なり合い、直の体温を感じればどちらともなく笑みが溢れた。
「湿ってんぞ、お前の手」
「君こそ指が震えているが」
「お前が怯えてんのがおかしくてさ」
「相変わらずの減らず口だな」
互いの鼓動と震えを手のひら越しに感じながら、二人は軽口を交わす。当たり前に触れていた肌の感触が、今は相手を傷つけかねない。
「変な感じだな、なんかさ」
「ああ。つい2日前までは躊躇なく押し倒していたのに」
「...お前が遠慮を覚えたのはいいことかもな」
「遠慮ではなく制限を受けているだけだが」
どくん、どくん、と響く鼓動と共に、全身に満ちて流れ、溢れそうになる未知の感覚。
ただ手を繋ぐことがこれほど特別だったろうか。
このまま抱き寄せられないことが——これ以上触れられないことが、これほど耐え難くもどかしいものだったなんて。
「...ステラ」
低く落とされた“男”の声。
ぐ、と手のひらに力が込められて、セリウスが彼女に身を寄せた。そっと頬を撫で、見上げたエメラルドの瞳を彼はじっと見つめる。
手のひらには焦れた熱が滲み、指先が熱くなる。
...もう、我慢ならない。
二つの影が一つに溶け込み、濃さを増した。
同時に部屋の温度がじわりと上がり、湿り気を帯びていく。
背を屈めた彼の黒髪がさら、と肩へ落ちて彼女を隠し、薄い唇がゆっくりと重なる——————
———「あつっ」
ステラの指先から小さな火の粉がぱっと散り、思わず二人は手を離した。指先に滲んだ火の粉がふっと消えて、重なっていた影が二つに分かれる。
「...意外にも、君の負けらしい」
セリウスが手のひらを振って冷ましながら笑えば、真っ赤に染まったステラが「うるさい」と目を逸らした。




