未来
タツがゆっくりと、僕の前にやってきて、座った。表情は真剣そのものだが、もう僕を睨んではいなかった。どうやらキタガミさんに会って落ち着きを取り戻したのは、僕だけではないらしい。
これから、納得のいくまで、とことん話そう。僕ではない僕よ。
その日から、僕とノリは、布団を並べて同じ部屋で寝るようになった。やや埃臭い、父の書斎で。研究所で話すべきことはほとんど話したから、大した話はしなかった。ノリは、研究所から借りた父のファイルを捲っていた。僕は、本棚から適当な本を一冊抜き出して、読むというより眺めていた。
あの研究所での一件から、一週間が過ぎていた。
「……なあ」
ファイルのページを繰りながら、ノリが言った。「ん?」と、僕は本から顔を上げて答える。
「これからどうなると思う、僕たち」
ノリが言いたいことは分かる。僕はこれまでのことを文章にし、伊東さんに預けたのだ。昨日、伊東さんは新聞社に持ち込んでくれた。上司と掛け合い、警察などに相談する前に、記事として世に出してくれることを約束してくれたのだった。
「……さあ。正直、分からないよ。前例がないから」
「捕まって人体実験かもしれないぜ」
「それならそれで仕方ない。でも僕は、クローンでもそれぞれの人生を、それぞれの意思を持って生きてきたことをちゃんと書いた。あとは、読み手の受け取り方次第だ」
「それぞれの人生……か」
ノリは呟くように言った。それから自分の手のひらをまじまじと見る。一生取れることのない汚れを見つめるように。
「僕は、どこで間違えてしまったんだろうなあ」
それは重い、あまりにも重い、呟きだった。
「……さあ。最初からかもしれない。でも、それなら僕だって間違いだった。そもそも、何が間違いで、何が正解だったのかなんて、今でも分からない。誰にも決められない」
書斎には、遺伝子学の本がたくさん並んでいる。父はこれらを読みながら、一体何を考えていたのだろうか。
今の僕には、想像することしかできない。
それは、この先どうなるのかも同じだ。
「会いに来てくれたのね。ノリくん」
「はい。もちろんです。ちょっと遅くなっちゃいましたけど」
刑務所の面会室の無機質なガラスを挟んで、僕と実さんは向かい合っていた。
実さんは少し痩せていたが、どこか憑き物が落ちたように清々しい感じを受ける。
「まあ、あれだけ話題になったらねえ。ノリくんはどう? 今の暮らしは?」
「ようやく、マスコミはちょっと落ち着きました。まだ何人か、熱心に張り込んでる人はいますけどね」
あの一件から、一年が経っていた。




